盛岡タイムス Web News 2012年 10月 31日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉305 伊藤幸子 ただ一つの和歌

 春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり
                               詠み人知らず

  「咲弥(さくや)は蔵人が婿入りしたその夜に、結婚したことを後悔した」というショッキングなプロローグから、壮大な物語へと誘い込まれる本がある。葉室麟さんの「いのちなりけり」。さらに二人の会話をきけば「さくや」のいわれを問う婿殿に「私の名は、このはなさくやひめにちなんだ名」と答える妻に「ほう、どのような姫でござろうか」と不審がる夫。ああ、この方は書を読まぬお人のようだ…。

  今度は妻が夫に尋ねる。「蔵人さまの好まれる和歌は?」と問い、答えられないでいるとなんと「蔵人様がこれぞとお思いの和歌を思い出されるまで寝所はともにいたしますまい」と言い、さっさと部屋を出ていってしまった。

  ところは佐賀、鍋島藩の支藩の一つ。口下手の蔵人はそれでも機嫌よく、武士でありながらメグスリの木から目薬を作って売ったりして平安な一時期。旅に出る前のこの辺りが楽しい。

  作者は、この作品の執筆で念頭にあったのが、森鴎外の短篇「ぢいさんばあさん」だと語られる。私はこの芝居を平成14年4月、歌舞伎座で観た。美濃部伊織を勘九郎(勘三郎襲名前)、妻るんを玉三郎、悪友甚右衛門が橋之助という絶妙のとり合わせだった。人もうらやむおしどり夫婦がふとした事件から夫は越前に、妻は江戸でついに37年も離れて暮らすことになった。

  そうして伊織71歳、るんは66の春、やっと二人は再会する。「だんなさまか」と声をかける妻、しばらく見合って「るん…か」と問う夫。私は今でもあの二人の場面を思い出すと涙がわいてくる。作者自解の弁で、互いに思いをつないだまま離れ、巡り合う夫婦というものを描きたいと思っていたと知り、胸が熱くなった。

  この小説での咲弥は、水戸家の奥女中として勤め、光圀公は「御色白く御背高く、美男の聞こえあり。鉄の火箸もねじ曲げる」ほどの強力(ごうりき)で聞こえた。やがて将軍綱吉との軋轢(あつれき)、柳沢保明との確執、紋太夫の手討ち等、光圀62歳での隠居までさまざまの曲折があった。

  そしてただ一つの和歌を求めて、蔵人の旅も長くなった。彼は祝言の夜には答えられなかったが離れ住み、「ただ咲弥殿に伝えたいことがあるということだけわかった」と語るのを聞いた僧清厳は「伝えたい、聞きたいことがあるのを恋というのだろう」と微笑む。好きな歌は「命なりけり」、命とは出会いと見つけたり。深い豊かな「愛」の大河に歌の道、剣の道、男の情の一途さに唸(うな)らされた一巻である。
(八幡平市、歌人)


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