盛岡タイムス Web News 2012年 11月 13日 (火)

       

■  〈幸遊記〉97 照井顕 古里昭夫の南部盛岡とうふの会

 若い時カメラ業界の雑誌社にいた、古里昭夫さんは、古里岩手に戻って、やはり編集者として印刷会社に勤め、フリーとなった今も編集業で、それぞれ15年前後の時を過して来た。編集の達人。

  その彼が、「楽しい街の探偵団」にて、盛岡らしさを探していた時、出会った「豆腐買地蔵尊」。縁起は400年ほど昔のこと、病にふした母が「食べたい」と言った「豆腐」を孝行息子が毎日買って食べさせたら、母は元のように元気になったことから、その息子がたいそう喜んで、地蔵さんを寺に寄進。そのことから「豆腐買地蔵尊」と呼ばれるようになったと。

  「オンカカカビサンマエイソワカ」とお唱えするこの地蔵様の縁日は、1月と7月の22日。1月ならば当然「いいふうふ」7月ならば「おあついふうふ」ふたつあわせて「煮たものふうふう」豆腐に梅干のせれば国旗のような日本食と、頭はまるで寄せ豆腐的連鎖だが、年齢とともに「がんこ豆腐」が口に合う僕。

  2012年10月2日(とうふの日)、盛岡南大通2丁目にある湯殿山、連正寺(川村政加住職)にて「第10回とうふまつり」が開催され「ジャズと落語とトーフ」のゲストスピーカーに招かれ、シャレばかり喋ってきた。その時、ビックリしたのは、6年前、紫波・あらえびす記念館から頼まれて「書展」を開いた時、見に来た古里さんが「とうふ」と書いてほしいというので、彼の前で書いて渡したその書が、なんと連正寺の地蔵尊の横に額装されて飾られていたことでした。

  陸前高田時代、本の取材に。四十四田時代にカレーを食べに、盛岡大通にビックストリートジャズを聴きにと、つかず離れず、ふるさとのように、AB型的関係をずっと保ってきた僕たち。

  彼は1949(昭和24)年8月15日、川井村(現・宮古市)生まれ。盛岡農高の食品化学科に学び、ブラスバンドでアルトホルンを担当した。卒業後上京し、雑誌社へ。「とうふの会」を始めたのは、当時、盛岡ターミナルビルの社長だった萩野洋氏が「盛岡は豆腐消費日本一」ということを見つけ出してきたのが始まり。2006年、南部盛岡とうふの会発行の「とうふー」という本も、もちろん彼の編集。とてもいい本でしたね。 (開運橋通のジョニー店主)


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