盛岡タイムス Web News 2012年 11月 14日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉147 三浦勲夫 政治家

 アメリカで大統領選挙が行われた。日本では衆議院解散の時期や可能性が取りざたされている。田中文部科学相の不適切発言が国民の注目を集めた。政治は関心を持って見渡せば非常に面白い。関心度が薄いと「政治なんて誰がやったって変わらない」くらいにしか感じない。関心ということは利害関係があればいやが応でも高まる。英語で「インタレスト」(利益・利息・関心)とはよく言ったものだ。

  三権分立は、司法、行政、立法である。政治家は立法に関与する。つまり法律作り、レジスレーションだ。行政者は法にのっとって仕事を行う。アドミニストレーションだ。この二つは三権のうちの二権として分立するわけだから別物である。しかし政治に疎い小生の頭では、往々にしてこの二つが混在する。小生だけではないだろうと思うがどうだろう。

  政治家として立法権を獲得し、権力を発揮するとき、庶民の目からすれば立法と行政が同じように見えたりする。卑近な社会集団にもよくある例だ。人間関係の掌握、人心の掌握、世間の渡り方、いわゆる「政治力」が人の集まるところでは物をいう。立法者たる政治家の政治力たるやその最たるものだ。

  政治家が政治を論じるとき、その人物を推す団体の利害を代弁する。その政治家の手腕や弁舌で擁護、非擁護の人間相互関係が生じる。しかし、利益集団を超えた広い範囲の利害が擁護されないと、有権者の政治離れが生じる。冷静な有権者は政治に過大な期待をせず、自分の力でできる部分は自分で頑張ろうとする。

  徒党を組む集団ももちろんある。権力をリーダーに預け、見返りとして擁護を期待する。徒党構成員同士でも支え合う。だから徒党はなくならない。複雑な人間関係が政治の勢力地図を描く。しかし最も大事なことは、立法のリーダー(議員)たちが理想の社会像を持って仕事をすることだろう。

  権力の腐敗が摘発される。贈賄と収賄の構造である。政治家があまりに自己の利益に走る。あるいは、立法が仕事である議員がその仕事遂行の過程で論戦を行い、術策をめぐらす。そのあたりの駆け引きや欺きの抗争が激化すると立法の仕事がかすんで見えてくる。アメリカ合衆国では民主、共和二大政党の対立が激しく、第1期オバマ政権では法案のわずか2%しか議会を通らなかったそうだ。立法の任務が円滑に機能しないことが、アメリカの国内政治、国際政治を停滞させていることが、大統領選挙中に問題提起されていた。

  そのような構図は日本にも起こりうる。衆参両院のねじれ現象の結果、野党が与党に意地を張れば国民の生活に大事な法案が国会を通らない。そのため良識的判断を言論界や国民から求められた。その結果、一応危機的状態は回避する見込みだ。しかしこれなど、「政争即政治」が政治を停滞させる例である。

  国民は数々の社会危機を乗り越えうる政治を求めている。その空気に乗ろうとするのが「第三極集団」である。いずれ「近いうち」に国会は解散し、衆院総選挙が行われる。ここは大局を見据えた哲学と構想を持つ立法者集団が求められるところだ。小生もよく考えて、投票権を行使しなければならない。
  (岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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