盛岡タイムス Web News 2012年 11月 14日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉307 伊藤幸子 柿日和


  柿色に柿はなりつつ法隆寺
             坪内稔典

  正岡子規の研究者として知られる坪内稔典氏の新刊書「柿日和」を読んでいる。昭和19年愛媛県生まれの氏の著作集は「子規のココア・漱石のカステラ」「柿喰ふ子規の俳句作法」等々一読忘れられずじんわりと心がぬくもってくる。たとえばご自分のお名前にふれて、大阪の十三(じゅうそう)駅で見かけた病院の看板。「胃下垂、胃潰瘍、腸捻転」とあるのを見つけ「あ、僕がここにいた!と心の中で挨拶した」というようなユーモア性にあふれている。

  柿好きの子規は大きな樽柿を16個も食べたことがあるといわれるが「つりがねの蔕(へた)のところが渋かりき」を見ると思わず笑いがこぼれる。「つりがね」という柿をもらったお礼の気持を述べた句という。わがやにも古い柿の木が3本あり、ゴルフ球ぐらいの実が天高く実っている。これが渋いのなんのって、稔典さんの表現をお借りすれば「舌がひりひりし、口の中がもわもわごわごわし、吐きだしてもそのひりひりごわごわは直らない」と、実感がこもる。それでも何度か霜に当たり樹上で熟しきると極上の甘味になるが、タネが多く現代っ子達には不人気だ。母は湯に漬けて渋抜きや皮をむいて干柿作りもまめにしていたものだが今は小鳥を喜ばせるのみでなさけない。

  「渋かろか知らねど柿の初ちぎり」加賀の千代女の句を、子規が「初契り」と表記、解釈していたと、私は本書を読んで知った。「渋いかどうかちぎって食べてみよう」が一般的だが子規は、もいだという意味ではなく、互いに契るととっていたらしいとのこと。

  「照柿の石段まひるまの無音」(佐山哲郎)稔典さんは「照柿(てりがき)」を新しい季語にしたいと言われる。村薫さんの平成6年のベストセラー「照柿」は圧巻だ。書下ろし1400枚を、ことしも照柿の季節に読み返した。まだケータイもメールも登場しない時代、公衆電話やテレカが必需品だ。

  「太陽精工株式会社羽村工場」に勤める野田達夫はこの長編の底に脈打つ照柿を「そうだ、照柿。あれは西日を浴びた熟柿が持つ色の名だがあれは老朽化した炉の断末魔の悲鳴の色だ」と熱処理の浸炭炉(しんたんろ)を凝視する。警視庁警部補の合田雄一郎、検察庁の義兄加納祐介、そして熱病のような夏。平成8年には三浦友和、田中裕子、野口五郎らのテレビドラマの新聞切りぬきもはさまれてあり時代がよみがえる。「ああ、見事。日があたってまさに照柿ですね」と「柿日和」の書き出しが美しい。
    (八幡平市、歌人)


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