盛岡タイムス Web News 2012年 11月 19日 (月)

       

■  〈幸遊記〉98 照井顕 鈴木清の写真・鈴木光

 TV神奈川の福島俊彦氏と連れたって、サキソフォンを吹くという鈴木光さんが、開運橋のジョニーに現れたのは、2012年5月2日のことだった。名刺には鈴木清・フォトオフィスとある「えっ!光さんって、あの写真家の娘さんなの!」と、僕の頭は30年前のアサヒカメラ誌に掲載された写真「残照の街」へと戻っていった。

  光さんは、その後、2度ジョニーへ来店して、今回は、その30年前のカメラ誌に鈴木清氏の写真や彼についての事を、僕が親しくさせてもらった写真家の故・朝倉俊博氏が書いた記事をコピーして持参してくれたのでした!
僕は僕で、それと同じコピーを用意して、光さんが現れるのを待っていて、同じコピーを交換し合って、泣き笑いした。

  そしてもう一つ、その写真家、故・鈴木清氏(光さんの父)が1972年に自費出版した初めての写真集「流れ歌」が、何と「40年の時を経て復刻なりました」と、僕への手土産として持参してくれたのです。うれしさのあまり、僕は深夜だというのに、朝倉さんの奥様・憲子さんに電話を入れ、3人で代わる代わる、感激的な不思議なめぐり合わせについての長話をした。

  鈴木清(1943〜2003)は福島県好間村(現いわき市)生まれ、高卒後漫画家を志し上京したが、土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」に出合い、写真に転向。東京総合写真専門学校を卒業し、カメラ毎日に、「シリーズ・炭鉱の町」全6回を発表し写真家としてデビュー。「天幕の街」で第33回日本写真協会賞で新人賞。「夢の走りで」写真の会賞。「修羅の圏」で第14回土門拳賞を受賞した。

  彼の作品は彼亡き後により輝き、2008年オランダとドイツで大規模な回顧展。2010年には、東京国立近代美術館にて回顧展。今もパリフォトへ陸前高田市出身の畠山直哉らの写真と共に海外出張中と再注目され続けている。

  その娘・光さんは1975年9月28日横浜に生まれ、現在も横浜に住むランドスケープデザイナー。岩手へは震災ボランティアで来て、写真を拾う「思い出探し隊」への参加や、復興マップ作り、復興商店街での演奏。横浜と気仙をジャズでつなぐメディア活動などで、被災者に光を与え続けている。
(開運橋通のジョニー店主)


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