盛岡タイムス Web News 2012年 11月 21日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉308 伊藤幸子 阿弥陀堂だより

 冬に入る野仏の辺に柴束ね
                吉野義子

  「食って寝て耕して、それ以外のときは念仏を唱えています。念仏を唱えれば大往生ができるからではなく、唱えずにはいられないから唱えるのです。もっと若かった頃はこれも役目と割りきっていましたが、最近では念仏を唱えない一日は考えられなくなりました。子供の頃に聞いた子守歌のように、念仏が体の中にすっぽり入ってきます」

  これは長野県の、周囲を山に囲まれた六川集落の阿弥陀堂の堂守、おうめ婆さんの日常である。一方、この地で生まれ、祖母に育てられた上田孝夫は中学に上る時点で村を出て、父親に引きとられ東京で大学を卒業後、嫁さんと故郷に戻ってきた。

  南木佳士さんの小説「阿弥陀堂だより」が今時期に読むとなんとも心があったまり、読んではふり返り、落葉の道を踏みしめては木々のささやきに耳を傾ける。

  同級生で才女の妻、美智子は難関を突破して東京の大病院で最先端医療に従事する女医さんだが激務に心身を病み、自らの療養も含めてこの山間の小さな診療所勤務を希望したのだった。孝夫の祖母はすでに亡く、残っている古家でしばらくは農耕手伝いなどをしながら、月一回配られる谷中村の広報を読む。

  この村には昔から阿弥陀堂があり、堂守がいる。それは身寄りのない老婆の役目で集落全体の仏壇である阿弥陀堂に住み、村人の総代として毎日花や供物をあげ堂の管理をする。その代価に村人は米や味噌を届ける。男が堂守になることはない。「昔っから」そうなっている。

  おうめ婆さんは「九十六だか七だか、わしにもよく分らねえでありますよ。九十すぎてっからは、人が言ってくれる歳がわしの歳だと思うことにしているであります」と笑う。

  広報に載る「阿弥陀堂だより」の小さなコラム担当の女性は、実は喉のガンを患っており、声帯を取ってしまって筆談で、おうめ婆さんの話を聞きに山を登ってやってくる。時々美智子先生もおうめさんを往診し、寒くないかと問うと「あったけえところを知らぬ身でありますから、寒いかどうかも分からねえであります。野沢菜の漬け方を教えてという人も居りますが、食ってみたい野沢菜漬の味を体が知っていて、そのように漬けるだけ。万事いいかげんなのであります…」とほがらかだ。

  96歳のおうめさん、43歳の孝夫と女医先生、24歳の広報担当員。私は今すぐにでも四人をよびとめて、「阿弥陀堂だより」の配信を頼みたい思いにかられた。
    (八幡平市、歌人)


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