盛岡タイムス Web News 2012年 12月 21日 (金)

       

■  〈学友たちの手紙〉107 八重嶋勲 早く御下仙なさると待ち居候

■147はがき 明治三十六年四月二十三日付

宛 東京麹町區飯田町四丁目二拾壱(三十一)番地 日松舘方 野村長一様 大川源兵衛様
発 盛岡市仁王小路 矢幅眞直 

   呈野邨大兄       矢幅生

過般在京参堂之折ハ種々御厚誼ニあづかり、実ニ感謝之至ニ不堪候、殊ニ久し振りにて御高説を承り、実ニ他郷ニある身の一層愉快ニ覺之候ひき、このことハ大川大兄へも御傅言被下度候、かの折御はなしの校友会の件、実ハ小生帰盛候處、已ニ生徒間の感情融和せぬことあり、目下紛議中、早晩爆発のことと専らの取り沙汰、小生ハ帰盛前より局外中立、無関係主義と定め、自己の勉学専一と決せし故。且小生の計りし講演部も生田先生轉任故、今ハ全く関係せず、大夏之崩るるとき何とやら御推察可被下候、瀬川ハ無事、小生ハ傅言せり

   呈大川大兄       矢幅生

大畧野村兄に申し候ことニ同じ、駒ヶ嶺先生ニハ一昨日参上、可然御尤なり申候ひき。先生御案内皆御無事御安心可然、小生ハ十三日上の発、仙台ヲ十六日ニ発し、無事帰盛仕候、まま乍憚御安心被下度候、四月二十三日

 【解説】矢幅眞直は、盛岡中学校の在校生。明治三十七年卒業。上京して、野村長一、大川源兵衛にお世話になった礼状である。校友会とか講演部のことが書かれているが、紛然としてまとまりがついていない様子である。

■148はがき 明治三十六年四月二十五日付

宛 東京麹町區飯田町四丁目三十一 日松舘 野村長一様 大川源兵衛様
発 仙台市空堀町三十六馬ノ目方 岩動康司(炎天)

いつもながら御無沙汰いたし居候、其後御変り無之候や。私は去る十九日当地へ参り申候。兄は何時頃御下仙あそばさるや伺上候。御下仙なら早く御下仙なさると待ち居候。大川君は何時頃か之も伺上候。原兄御上京の由御健全に候や、又いつ御帰国なさるや伺上候。当地高等学校十年祭は仲々盛な由なれバ其時迄に御帰国なさる様原兄へ御傳言願上候、 早々 四月二十五日

 【解説】岩動康司(炎天)は、紫波郡赤石村出身。岩動孝久(露子)とは従兄弟。後わけあって兄弟。盛岡中学明治三十六年卒業。猪川浩、石川啄木、伊東圭一郎、小沢恒一等同級生。岩動道行の父。医師、俳人。仙台の医学専門学校受験のためであろうか。長一や大川源兵衛もいつ仙台に来るのかと問い合わせている。



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