盛岡タイムス Web News 2012年 12月 29日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉295 岡澤敏男 デクノボート/ヨバレ

 ■デクノボート/ヨバレ

  「雨ニモマケズ手帳」の51nから59nにかけて広く人口に膾炙(かいしゃ)される「雨ニモマケズ」という有名な詩的メモが記帳されています。このメモをめぐって詩として書かれたのかどうかという、三通りの評価がある。谷川徹三氏は詩篇と受容し「この詩を私は、明治以後の日本人の作った凡ゆる詩の中で最高の詩であると思っています」と絶賛したが、中村稔氏は(これが詩篇であるとするならば)「宮沢賢治のあらゆる著作の中でもっとも、とるにたらぬ作品のひとつであろうと思われる」(『定本・宮沢賢治』)と批判した。また天沢退二郎氏や見田宗介氏は詩とは呼ばずに「筬言」と評し、松岡幹夫氏は「詩作メモ」とよんでいる。小倉豐文氏もまたこのメモを「詩の形式をとった一種の請願文というべきもの」(「雨ニモマケズ」新考)という見解を述べている(ただし小倉氏はこのメモを「便宜詩」と称し便宜的に「詩」として解説をしているが)。つまり「請願文」とは輪廻転生・三世因果(さんぜいんが)の思想をもっていた賢治が来世で「サウイフ/モノニ/ワタシハ/ナリタイ」と請願したメモだという解釈なのです。

  たしかに「雨ニモマケズ」が来世への「請願メモ」とすれば、このメモの末尾の次頁(60n)に、日蓮が図顕した「十界曼陀羅」の中心部の「南無妙法蓮華経」の主題を釈迦、多宝、地湧の四菩薩がとりまく図が書写されている理由も納得されるのです。すなわち「雨ニモマケズ」の「請願メモ」を書き終えた後、日蓮系の法華教信者であった賢治は「南無妙法蓮華経」の題目を唱えながら「曼陀羅」の奉写を行ったということが推察されるのです。

  とにかくこのメモが詩篇にしろ筬言にしろ請願文にしろ、このメモに関心をもつ人たちがとくに注目しているのは、終末(58・59n)にみられる「ミンナニ/デクノボート/ヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ/サウイフ/モノニ/ワタシハ/ナリタイ」と書かれている「デクノボー」の思想についての解釈にあるのではなかろうか。辞典を開いてみると「デクノボー」は「木偶坊」とあって「@人形、でく、くぐつ。A役に立たない人、また、機転がきかない人をののしっていう語。」(『広辞苑』)と説明している。

  岩手の方言では「デクノボー」は「醜い坊主頭」(小松代融一著『岩手方言集』)といわれるそうだが、手帳にメモされた「デクノボー」とはそのいずれでも該当しそうにもない。しかし「ホメラレモセズ/クニモサレズ」とあるから「広辞苑」の「役に立たない人」という意味に近い人物像として連想されるが、賢治作品に出現する「デクノボー」的人物をとりあげながら「賢治にとって究極的には理想の人間像であった」(『新・宮沢賢治語彙辞典』)と原子朗氏が指摘しており、また龍門寺文蔵氏は手帳の71n〜74nにかけてメモされている「土偶坊」(木偶坊のこと)という劇の構想メモに着目し、「デクノ坊」(第二景)「土偶ノ坊石ヲ投ゲラレ遁ゲル」(第三景)とあるシナリオを注視して、「有名な『法華教』不軽菩薩品を題材として劇の構想が成り立っている」(『「雨ニモマケズ」の根本思想』)と察知した。そして「雨ニモマケズ」の「デクノボー」は不軽菩薩と関係がある人物像として指摘したのです。


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