盛岡タイムス Web News 2013年  1月  4日 (金)

       

■  〈大連通信〉78 南部駒蔵 おしゃべりな夫

 グラウンドを歩いている時、横浜の原見さんが言った、「大連に来て、俺はこんなにしゃべれるんだ」と気づいた、というのである。中国語の話ではない。日本語をこんなにしゃべるんだ、俺はこんなにおしゃべりなんだ、と別な自分を発見したというのである。

  原見さんに限らない。退職して家にいるようになって、世の夫は次第に無口になっていく。何しろ、家事に関しては妻が大先輩である。掃除、洗濯、食事、近所との関係、買い物、皆、それぞれ妻流のやり方でやっているのに、口を挟む隙はない。夫は次第に無口になっていく。「飯をくれ」「銭をくれ」という言葉以外に、口を利かない息子ほどではないが、無口で、無愛想、空威張り、わがまま、頑固…そんな夫が大連に来て、若い女子学生と何をするわけでもない、一緒に勉強しているだけなのに、おしゃべりとなり、顔中に笑顔を浮かべている。日本にいる妻は夫のそういう幸せな顔を見たら驚くであろう。

  どうしてそうなのか。若い娘のせいで老人も若返るのである。正直に言う、老人にとって若い娘は尊い、大切な存在である。彼女たちの若さで老人も若返る、回春の作用がある。(老人を幼稚園などに連れて行って交流することがあるようだが、馬鹿にするな、と言いたい)。出来れば抱いてもみたいが、それは無理にしても、付き合ってくれるだけでもうれしい。私には数えてみると7人ほどのフーシャン、フーダオ(家庭教師)の女学生がいる。それで、もてると思って錯覚して生きている、幸せな、おめでたい老人である。どうして年取ってなどいられるだろうか。 

  翻って妻のことを考える。妻たちにとっても、若い男は回春の作用があるのだろうか。

  考えているうちに何か心配になってきた。

  日本の 妻知りおるか なが夫の ここ大連の 笑顔・おしゃべり
  (元岩手医大教授)  


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