盛岡タイムス Web News 2013年  1月  5日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉296 岡澤敏男 七つ森から溶岩流へ

 ■劇「土偶坊」のシナリオ

  「雨ニモマケズ手帳」の七一nから七四nにかけて「土偶坊」という十一景のシナリオ風メモが記帳されている。「土偶坊」は「木偶坊」のことで「デクノボー」の意味とみられる。龍門寺文蔵氏がこの中の第三景・第四景のト書から「土偶坊」を『法華教』の不軽菩薩と断定し、この劇は「『法華教』不軽菩薩品を題材として成り立っている」と示唆したが、そうした見方からすれば、賢治作品はすべて「法華文学」として一括されてしまうのではないか。たとえ「土偶坊」の発想源が「不軽菩薩品」にあったとしても、賢治がこの劇で「何を描こうとしたのか」を追跡するのが文学理解の基本だし、それによって「土偶坊」の性格と「デクノボー」との関係が鮮明になるに違いない。まずはシナリオに含蓄された意味を問う必要がある。

  この劇は「土偶坊」のタイトルと、つぎの第十一景の場面によって構成されている。()内は消されたメモ。
    土偶坊
   ワレワレ(ハ)カウイフ/モノニナリタイ
  第一景 (薬トリ)
  第二景 (子)母病ム
      ー祖父母父ナ
      シ
      腹膜ナアニ腹
      膜ヅモノ
      小便ノ音
      デクノ坊見ナ
      ィナ ウーイ
      妻、…ナァニ
      クソ経ナドヅ
      モノ、
  第三景 青年ラ ワラ
      フ
      土偶ノ坊 石
      を投ゲラレテ
      遁ゲル
  第四景 老人死セント
      ス
  第五景 (青年ヲ害シ
      ニ)ヒデリ
  第六景 ワラシャドハ
      ラヘタガー
  第七景 (遠国の商人)
      雑誌記者 写
      真
  第八景 恋スル女ーア
      ラ幻滅/衣
  第九景 青年ヲ害セン
      トス
  第十景 帰依者 帰依
      ノ女
  第十一景 春
      忘レダアダリ
      マダクルテ
      言ウテドゴサ
      ガ行タナ

  小倉豐文氏はこのシナリオは「十一月三日(昭和6年)の手記「雨ニモマケズ…」のテーマの劇化」と解釈し、第一景 「薬トリ」が「東ニ病気ノコドモアレバ…」に、「第二景 母病ム」が「西ニツカレタ母アレバ…」、「第四景 老人死セントス」が「南ニ死ニサウナ人アレバ…」を想起させるという。ところが、第三景の「土偶坊」にはかなり独特な解釈をしている。このデクノボーは第二景とは別のデクノボーの登場と想定し、花巻に実在した「トク」と「ベン」と通称される「二人のお人よしの低能変質者」がモデルではないかと指摘している。トクとベンは町民にばかにされながら「デクノボーのように憤りもせず、チンドン屋や使い走りなど唯々諾々と使われ」たという。農学校教師時代の賢治は友人の藤原嘉藤治(花巻女学校音楽教師)と散財したあげくに芳文堂(本屋)にお金を貸りに行ったときに、主人から「お前たち二人はトクとベンだべじゃ」とひやかされたという逸話がある。そして「デクノボーはこのトクとベンがモデルになったのではあるまいか」と推察している。それが通常使われる「木偶坊」を、意識的に「木偏」でなく「土偏」とした意味だったのか、非常に興味がもたれます。

  


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