盛岡タイムス Web News 2013年  1月  7日 (月)

       

■  前進 長洞元気村 陸前高田市仮設住宅団地(上) 絆力に奮闘続ける集落 大震災から2度目の正月 お金払って来てもらう 立場超えた被災地ツアー

     
  「ゆべし」作りに励むなでしこ会のメンバー。集まって口や手を動かせば、自然と笑みがこぼれる  
  「ゆべし」作りに励むなでしこ会のメンバー。集まって口や手を動かせば、自然と笑みがこぼれる
 

 東日本大震災津波から間もなく1年10カ月。被災地は発災から2度目の新年を迎えた。被災した建物やがれきの撤去、防潮堤の再整備、浸水した集落の高台移転など、復興のまちづくりが始まったが、その道のりは長く険しい。古里の再建に踏ん張る多くの人がいる一方、産業や雇用の場の再建が進まず、人口流失に歯止めがかからない地域も目立つ。そんな中、集落の絆を力に、奮闘し続けている集落がある。陸前高田市広田町長洞地区の仮設住宅団地「長洞元気村」(26戸)だ。開村以来、各種ボランティアをはじめ、大学の研究者や学生、企業人ら訪れる人は後を絶たず、さまざまな力が地域の復興を応援している。人と人とのつながりを生かし、体験型観光や産直品の販売を柱にしたソーシャルビジネスへの挑戦も始めた。前進し続けるパワーの源は、どこにあるのか。再び、元気村を訪ねた。(馬場恵)

  昨年12月、長洞元気村の集会所では、元気村の女性たちが集う「なでしこ会」(戸羽八重子会長)が「ゆべし」作りに追われていた。ゆべしは米粉や砂糖をしとね、棒状に形を整える、気仙地方ではなじみの郷土菓子。味はニッキ、ごま、ユズなど5種類。食べやすいよう1・5aに切り分けたゆべしを一つひとつフィルム包装し「長洞元気村」のシールを貼っていく。

  産直商品の一つとして作り始め、時々、イベント会場などで販売していた。これが、元気村を応援する企業の目に止まり、年末、東京代々木の国立競技場で開かれた女子サッカーの東日本大震災復興支援チャリティーマッチで販売しないか、と誘われた。話はトントン拍子に進み、浜の母ちゃんの手作りゆべしが東京デビューすることに。

  「全国から、いっぱい支援してもらったでしょ。浜の母ちゃんたちが、元気になった姿を見せて感謝したい」│。師走の忙しさをやりくりしての作業だが、集まったメンバーの顔は自然にほころぶ。

  試合当日は売り子として、村上陽子さん(63)、戸羽英子さん(71)、村上とよみさん(63)の3人が上京し、用意した850個を完売。オリンピックで活躍した澤穂希選手ら本家なでしこの面々とも感動の対面を果たした。

  なでしこ会は40代から70代後半まで12人。元気村自治会女性部が母体で、もともと集まって交流することが一番の目的だ。「お互いに顔を見て、話していれば気も紛れる。仮設に閉じこもって、孤独なんて状況は絶対に作りたくなかった」と会長の八重子さん(55)。産直商品の手作りも、せっかく集まっているのだから、ささやかな収入になれば、と始めた。ところが、その小さな活動が今、元気村の屋台骨を支えている。

  来村者の食事の世話、震災当時の様子を語る「語り部」。なでしこ会の出番は多い。「お客さんが来る。何かせっぺ(食べさせよう?)という話になるわけだけど、ここに来る人たちも、別に特別なものを食べたいわけじゃない。自分たちの日常の暮らしを見せればいいと分かった」と八重子さん。

  客のために、カレーを準備していたけれど、突然、親戚からブリが届き、カレーとブリを一緒に食卓にのせたこともある。その日取れた魚や庭先で作った野菜も余れば親戚、知人に配る。互いに、ちょっとずつ、周りを気にかけながら生きている。漁村では当たり前の暮らしも都会から訪れる人たちには新鮮に映るようだ。

  語り部役の元保育園長の金野マサ子さん(72)も「とにかく見たまま、ありのままを話すだけ。地震が来たら津波、すぐ逃げること。そして人のつながりが一番、大事だということを伝えたい」と張り切る。

           ◇           ◇

  なでしこ会の活躍もあり、長洞元気村は震災津波後の漁村集落の活性化を目指した新たな挑戦を始めた。首都圏などからの被災地復興支援ツアーを有料で受け入れ、津波地をガイドしながら、合わせて漁村文化を発信する試みだ。被災体験談を住民自ら語り、昼食を提供。ワカメの芯抜きなど漁村で日常的に行われている作業も体験してもらう。昨年は首都圏のグループが企画した子どもに被災地を体験させるツアーなど数団体を受け入れた。

  ソーシャルビジネスの起業を応援する団体(ソーシャルビジネスネットワーク大学東北仕事復興リーグ)の補助事業にも応募。持続的な地域活動にするため、株式会社「長洞元気村商社プロジェクト」の立ち上げを構想している。

  被災地支援ツアーの受け入れと同時に、なでしこ会が作る加工品や海産物、農産物を詰め合わせた産地直送セットの販売などを展開。集落全体の参加型、経営体とし、女性や高齢者の収入に結び付ける「好齢ビジネス」に育てる考えだ。

           ◇           ◇  

  昨年11月、国際的なプラント建設などを手がける大手エンジニアリング企業・千代田化工建設(久保田隆社長、本社横浜市)の社員26人が来村した。住民のガイドで被災した漁港などを見学。ワカメの芯抜き作業や集落が「津波伝承館」として保存を計画している被災民家裏の土留め工事などに協力した。昼食はなでしこ会が準備したサケのすり身汁やサンマの炭火焼きを味わい、住民たちから元気村のこれまでの歩みを聞いた。

  同社の広畑修さん(28)は「一度は突っぱねられた集落への仮設住宅建設を諦めずに頑張ったのはすごい。絆の強さを実感した」、中村祐子さん(29)も「ニュースで見聞きしていた仮設住宅の印象とは真逆。何か支援したというより逆にエネルギーをもらった」と振り返る。

  一行は、企業がより良い社会の構築のため、責任を果たしていく「CSR」の活動の一環で来県。4日間で大槌町、釜石市、陸前高田市を訪問しボランティアに従事しながら、地元被災者をはじめ、復興に取り組む起業家や市民グループのリーダーらと意見交換した。復興支援ボランティアが目的だったが、被災地での交流は予想を超える収穫があったという。

  メンバーと行動を共にした同社CSRセクションマネージャーの渡辺真さん(54)は「滞在中、人を助けたい、人のために役立ちたいといった純粋な部分が輝きを増し、会社に戻ってからもそれが続いている。人間として明らかにグレードアップした」と手応えを感じている。

  その後も、同社では、なでしこ会の作るゆべしを月1回、社員有志が購入し販売するなど元気村との交流が続く。

  このときのツアーを仲介、企画したのは岩手県北自動車なども傘下に持つ企業再生ファンド・経営共創基盤の柴田亮さん(32)だ。復興支援ツアーの企画のため被災地を訪ね歩き、長洞元気村を知った。復興を担うリーダーたちと語り合う中で今、被災地で懸命に前を向いて生きている人たちの姿は、これまでとは異なる新しい社会の価値観を生み出す可能性を秘めていると気付いたという。

  被災地を訪れるツアーも「単に支援する側、される側という関係を超えて共に日本の未来を生み出すような活動にできる」と柴田さん。柴田さんの仲介で今月中旬には米国ハーバードビジネススクールの学生30人が元気村を訪れる予定だ。


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