盛岡タイムス Web News 2013年  1月  7日 (月)

       

■  〈幸遊記〉105 照井顕 高橋龍山の尺八工房

 照子と浩、二人合わせた照ひろ$H堂の名で親しまれてきた、盛岡市飯岡新田の店が盛南開発の道路拡張に伴い、34年間も続けた店を閉め、新しく音楽のためともいえる「ギャラリーてるひろ」を開いた龍山さんこと高橋浩さん(65)。自宅兼工房兼ギャラリーが2年目を迎えた。

  彼は、民謡尺八を師・高橋竹水氏に16年学んだ後、尺八の可能性をもっと追求してみたいと、さまざまな音楽のジャンルへ挑戦。現在、即興演奏も自由自在。その音の良さはもちろん吹く人の腕次第ということなのだが、尺八という楽器そのものにも起因することから、自分で使う楽器は自分で作ってみようと始めた尺八作りも、振り返れば間もなく30年。

  店をやりながら、尺八作りを習うために夜行バスなどを乗り継ぎ神奈川の足柄上郡の先生・大橋鯛山氏の元へ3年通って習得した努力家の製管師でもある。今では鯛山氏を通じて、龍山尺八は海外へも届いている。

  会えばいつもニコニコ。と気さくな高橋さん。出会ったのは2006年1月。僕が紫波の新住民になった時、そのことを歓迎してくれた、紫波町日詰にある文化館「権三ほーる」が開催して「ジョニー・てるいけん・わーるど」という、書と写真とアートの展示をしてくれた時だった。聞けば館主の畠山貞子さんと、高橋さんは同級生で幼なじみの間柄。

  以来、彼は僕の店にも時折、笑顔を見せにやって来ては、楽しい話をしながら飲んで、帰る時には、僕の女房にそっとチップを渡す心遣いを欠かさない、昔人のような方なのだ。

  それこそ「権三ほーる」の敷地にある日詰地区最古とされる井戸を再び街づくりに役立てようとした10年前、その井戸前で尺八を吹いたブルース・ヒューバナーさんは、その時、彼、龍山製尺八に出合い「心に残る音だった」また「彼は熱心。研究してるし、本当のプロですよ」と言う。1976年全米bPになった秋吉敏子・ルー・タバキンビックバンドの音楽に魅せられ、ルーのフルートに憧れて日本に留学、東京芸大で尺八も習得した、そのブルースさんも、以来この10年、龍山尺八とその音を世界へと、そのセールスマンも買って出ている。
(開運橋通のジョニー店主)
  


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