盛岡タイムス Web News 2013年  1月  8日 (火)

       

■ 前進 長洞元気村 陸前高田市仮設住宅団地(下) 子どもから高齢者まで

     
  1月3日、集落の子どもたちが舞う権現舞の獅子頭の周りに集まった長洞元気村の住民たち  
  1月3日、集落の子どもたちが舞う権現舞の獅子頭の周りに集まった長洞元気村の住民たち
 

 長洞集落には、子どもから高齢者まで、それぞれ役割がある。例えば、仮設住宅の外でたばこを吹かすお年寄りは、元気村に出入りする人をそれとなく観察し、留守を守る。一日中、人の目があるから若い者も安心して勤めに出られる。なでしこ会の中でも、力仕事が難しいメンバーは包装紙にせっせとシールを貼ったり、語り部として活躍したりする。

  「地域の中で自分の持ち分、居場所がある、一人ひとりに地域の中で生きているんだ、という自覚があるから、ここまで、まとまってやってこれた」と事務局長の村上誠二さん(56)は、元気村の歩みの原動力を説明する。

  被災直後、後に元気村の村長となった戸羽貢さん(61)は、被災住民を代表して、家を流されなかった同じ集落の住民に「助けてくれ」と頭を下げた。これを聞いた長老は「そんなの当たり前だ」と即座に答えたという。

  祭りのとき、年かさによって、それぞれ役割があるように、人をまとめ、事を成し遂げるときの手続き、仁義みたいなものが、漁村文化の中で自然に培われていた。さらに、旗振り役のもとで団結し、新しい知恵や文化も取り入れながら、新しいものに挑戦する柔軟性を、この集落は備えている。

  少子高齢化、人口減少│。長洞集落も他の三陸の漁村集落と変わらず、震災前から厳しい現実に直面していた。

  「実は、もともと沈みそうな船に乗っていて、みんなも、うすうすは感付いていた。そこへ震災がきて、はっと気付かされたのだと思う。何か動き出さなければいけないと」。

  村上さんは「だからこそ、今ある絆をさらに発展させ、子どもから高齢者まで笑顔いっぱいのまちづくりを進めたい」と誓う。

  1月3日。長洞元気村の空に、厄払いの「権現舞」のおはやしが響いた。演じるのは集落の小学生から高校生まで。未来を担う子どもたちだ。

  戸羽さんは言う。「正直言って、ものすごく不安。他の自治会長の集まりに出れば、雑音だって聞こえる。でも、被災者は立ち止まっていられないんだ。未来の子どもたちのことを考えれば、進むべき道は見えてくる」と。

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  長洞地区は陸前高田市の広田半島付け根に位置、60世帯約200人が住む半農半漁の漁村集落。東日本大震災で28戸が流失、全壊した。家を失った住民は、被災しなかった集落内の民家に分宿、集落内の食料や薬を分け合って避難生活を乗り切った。

  仮設住宅の建設の際も、集落のコミュニティーを守りたいと、住民自ら地権者に交渉。初め難色を示した市も説得し、集落民専用の仮設住宅団地「長洞元気村」を立ち上げた。現在は19世帯26戸79人が地域の復興を目指して生活している。

  余った日用品や野菜などを売り買いし、共益費を生み出す「笑顔が集まる土曜市」や村のIT化を目指したパソコン教室など、高齢者も巻き込んでコミュニティーを活性化させる事業を次々と展開。中でも自治会女性部が結成した「なでしこ会」は、地元の郷土菓子の「ゆべし」をはじめ、スルメイカの一夜干し、乾燥マツモなどを共同で商品化し、イベントで販売するなど活動が活発だ。復興支援団体の補助事業を活用し、地元の漁港そばに活動拠点となる工房を整備する計画も具体化している。

  元気村の日々の暮らしは、元気村の事務局長で、本業は学校事務職員の村上さんや村長の戸羽さん、なでしこ会のメンバーらがインターネットのブログで発信。村上さんは、被災地の復興や防災を考えるフォーラムなどに招かれ、講演することも多い。元気村に関わった人が、また別の新しい関わりを運んでくる「つながりの連鎖」で全国から知恵が集まり、地域の復興を後押ししている。

  阪神淡路大震災をきっかけに、復興のまちづくりを研究しているNPO法人復興まちづくり研究所(旧仮設市街地研究会、濱田甚三郎代表理事)が、震災直後のニュースで長洞集落を知り、コミュニティーを維持したままの仮設住宅団地の建設や高台移転を全面支援。住民が望んでいる戸建て災害公営住宅の建設が、市の計画と合致しないなど、なお課題はあるが、防災集団移転促進事業を活用した移転計画も進みつつある。
(馬場恵)  


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