盛岡タイムス Web News 2013年  1月  9日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉154 三浦勲夫 毎年還暦

 年が改まって平成25年、巳年である。「癸(みずのと)巳」である。癸は十干(じっかん)の一つであり、巳は十二支の一つである。十干と十二支を合わせて「干支」(えと)という。

  十個ある十干と十二個ある十二支。これが毎年順番に組み合わされると六十回目に同じ組み合わせとなる。同じ暦に返るということで「還暦」という。今年60歳になられる方は生まれた時の暦に戻る。次の還暦は生後120年目だから、これはまず不可能ということになる。

  生まれた個人の身になれば自分の還暦は生涯一回きりである。しかし、暦の上では毎年何らかの干支の還暦を繰り返している。生まれた後、自分の十二支を強く意識するのは12年目の年だろう。同じ十二支に戻るからだ。中学1年になる年である。そのあとは生後24年目、36年目、48年目に年男、年女になるが、あまり喜ばれないかもしれない。60年目に還暦を迎える。晴れがましいような、そうでないようなという感じかもしれない。

  還暦を過ぎると人は寄る年波をさまざまに感じる。そのようなとき、60年前のことを思い出して現在の自分や時代と比較すればどうだろう。また新鮮な感じがするかもしれない。例えば還暦を過ぎて、また十二支がひとめぐりして、72歳になる人は12歳の自分や時代と比べるのである。今から60年前といえば1953年、昭和28年である。

  戦後8年たって、少しは世の中が落ち着きを見せていた。盛岡で冬季国体スケート大会が開かれた。当時の県営運動場(現在の岩手大学運動場)では人工のリンクを作りスケート競技を行った。自分は家からはるばる歩いて行って、フィギュア・スケートを見た記憶がある。スケーターズワルツの曲が流れていた。室内リンクが完備している現代なら、野外の人工リンクで国体を行うなどとは考えられないだろう。

  同じ年か、翌年には同じ運動場に外国選手がやってきた。西ドイツのヘルベルト・シャーデ選手で、52年のヘルシンキ・オリンピックの陸上競技5000bで3位だった。日本人選手ははっきり覚えていないが室矢芳隆選手だったろうか。その走りを見た。総理大臣は吉田茂、野球のヒーローは川上哲治で、戦後すぐに世界記録を連発して大活躍した水泳の古橋広之進はヘルシンキ・オリンピックでは400bと1500bの決勝で最下位となり全盛時代を過ぎていた。

  当時から60年たって、通信も、交通も、建物も比較にならない発展を遂げた。宇宙にも手が届く。ジュール・ヴェルヌ(1828〜1905)やH・G・ウェルズ(1866〜1946)が100年以上前に空想科学小説で描いた夢の世界がさまざまに実現している。ロケットや潜水艦や宇宙旅行などである。その他、便利な機械にあふれてはいる。

  しかし人間が自然の猛威にかなわないことは昔と変わらない。一昨年の東日本大震災津波は壊滅的な被害を各地に与えた。そこからの復興はこれからも長く続けられる。今年生まれる子どもたちも担っていく負担かもしれない。過去を忘れずに毎年、過去と現在を比較することはさまざまなことを人類に教え諭してくれる。
(岩手大学名誉教授)
  


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