盛岡タイムス Web News 2013年  1月  25日 (金)

       

■  〈学友たちの手紙〉112 八重嶋勲 冷かなるむぐろの前の一本花

■155はがき 明治三十六年六月八日付

宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一君
発 盛岡市 村井庄二郎生
表 紫波郡彦部村大巻 野村長一君
裏 盛岡市 村井庄二郎生 六月八日

この間は罷り出てヽいろいろ御世話になりました。
雨も降らずニお天気はよくって木陰は慕しくなりました。
斯波の二夜は省三さんへ知らせました。
数里の麦朧はそろそろ赤々成りましたろふ、その間に研精不倦の額の下に今頃何をひもときをられますか、
試験は如何でもよい与へられるべき所には求めずとも与へられんところには求めるも与へら(れ)ずですよ。
省三さんは藤村操君の招魂祭ヲ行ったそうです。
庭の八重の灼薬は咲きました一昨日のま晝亡き母の妹の病の床を慰めんと三本折って行きました慰めようと持って行った花はよく朝冷かなるむぐろの前の一本花となろうとは、この花去年の明朝矢張母の一本花と立った而してこの灼薬は自分は少さき時姉より貰ったもの…世の中はみんなこんなもの□前兆は慕はしいかな。

 【解説】村井庄二郎が紫波郡彦部村大巻の長一の家に二晩泊まったようである。いろいろ語り合ったことであろう。その様子を、安村省三(二人の盛岡中学時代同級、成人してジャーナリストになる。新渡戸稲造の甥)に知らせている。安村省三は、「巌頭之感」の詞を樹木に墨書し日光華厳滝に投身自殺した、盛岡市ゆかりの旧制一高一年生藤村操の招魂祭を行ったとも書いている。投身自殺したのは、明治三十六年五月二十二日であるから、このはがきの十七日前のことである。

  ■156高校用箋 明治三十六年六月八日付

宛 岩手紫波郡彦部村大巻 野村長一殿
発 第二高等學校
高等学校入学選抜入学試験願書本日到着正ニ落手仕候此如御通知候也
   六月八日                 第二高等学校
     野村長一殿

 【解説】この願書受理の通知によって、長一は、仙台の第二高等学校を受験しようとしたことが分る。


 


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