盛岡タイムス Web News 2013年  1月  30日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉318 伊藤幸子 デジタル世界

 小さき点ひとつなくてもE・メール送信拒むデジタル世界
                               宮里信輝

 贈られて匂いたつような本を開く。何がうれしいといって、こんな新鮮な喜びがあろうか。年明けて、耳も千切れるような寒波、それがやや緩んだかと思うと絶え間ない積雪。例年ながら雪国の暮らしは気が重い。

  そんな日々、1月29日発行の歌集「花迷宮」を頂いた。鹿児島県種子島生まれの作者の第三歌集である。平成7年からの8年間、年齢的には45歳から53歳までという働き盛りの作品620首が収められている。

  掲出歌と並んで「宛先の住所に誤字のある手紙とどきて笑ましアナログ世界」がある。平成の世は「によきりによきり雨後の筍より増えるコンビニ、スーパー、パチンコ店」「冷蔵庫開ければ水のペットボトル指定席占む時代(とき)は移りて」「元日もバイトの長女、長男を見送り始む平成十年」と、平成初期の物流機構の変化。コンビニの建物自体が全店同規模の斬新性で24時間営業と、あのころから人々のライフスタイルが変わり始めたように思う。元日営業はあたりまえになり、水も買う時代がきた。

  「また今年いち年たのむと年始酒酌めり身内(みぬち)の五臓六腑へ」「子供らにいぶかしがらる鯨肉(くぢら)食べ大きくなりしと夕餉で言へば」生活様式も食習慣もずい分変わった。クジラ肉を、今はとんと見かけなくなった。缶づめはあるが、サリサリとした塩クジラはすっかり忘れられてしまった。これらの作品世界に分け入ると、思わず「ご同輩」と声をかけたくなる。

  「種子島は米二度とれる『多禰(たね)の国』日本書紀にもしるされし国」「千挺の銃のはじめに一挺の『ポルトガル銃』展示されたり」作者の生地種子島は常に日本史の要諦であった。やがて都会に出られた氏の目に映ったのは「東名高速(とうめい)は日本の動脈前後左右大型トラックがんがん走る」そして「車窓風景、駅名も良し須磨、塩谷、垂水に舞子、朝霧、明石」と、氏の長く暮らされた神戸、須磨明石周辺が美しい憧憬として描かれる。

  集の後半に「消費止まり物流止まり収入下がりみんなあぎとふデフレの世界」他世情不安も詠まれる。歴史はくり返し、さながら先ごろ政府の発表した脱デフレ金融政策が思われる。

  そして吉野。「下千本、中千本をのぼりゆくひと足ごとに花の迷宮」「五十年歩き来たりてみ吉野の花迷宮にまよひさまよふ」の世界。ゆきゆきてなお迷宮の歩をとどめず、さらに奥千本の花景色を見せていただきたいと願うものである。
(八幡平市、歌人)


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