盛岡タイムス Web News 2013年  2月  6日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉319 伊藤幸子 春一文字

 相撲部にゐたのだと言へば眼を見張り笑ひだす人十中九人
                                   橋本喜典

 さまざまの話題に沸いた大相撲初場所だった。今場所のポスターは「両国に熱い雪が降る」だったが突然の大雪もあり、名横綱大鵬さんの逝去には本当に驚いた。千秋楽には人気力士、高見盛が引退を表明し寂しくなった。10日目、1月22日の土俵では、砂かぶりの席に内館牧子さんのお顔も見えた。テレビさじきは取り組み力士の全容はもちろん、見物客たちの表情を見るのも楽しみだ。

  短歌誌「まひる野」編集人の橋本先生は、昭和3年生まれで昨年辰の年男でいらした。平成20年刊の歌集「悲母像」に掲出歌と「押さば押せ引かば押せ押せと厳しかりき人生必ずしもと知るは後の日」が並んでいる。でも、先生がまさか相撲部に?と信じがたかったのだが、うれしい初便りをいただいた。

  「…さて、明日からは大相撲。ぼくは戦時下の中学で相撲部にいたのですよ。三段目の千寿錦という力士(のち戦死)に指導されました。三年の一学期まででした。…」とあり、本当に、戦争がなければあるいは錦絵のようなおすもうさんが誕生していたかもしれない。

  角川の「短歌」誌1月号に先生の「龍に寄せて」7首と新年の抱負が出ている。「蒼天にハンカチーフを振らんかなまた会ふなけむ辰の年さらば」「龍に乗りて病は去れよわが胸の歌の泉は涸るることなし」、エッセイに「慢性閉塞性肺疾患という病名をもらってしまい、私はこの胸に『名月』を宿してしまった」と記される。「影法師のようについてくる病い」は切ないけれど「過ぎてゆく時々刻々の去年今年また新しき扉はひらく」と、思いは新鮮だ。

  1月27日千秋楽を見終わって私は先生に「箒(ほうき)の目入りて初場所千秋楽瑕疵(かし)なき星の並ぶ横綱」と即詠(そくえい)をさし上げたところ、折り返しすてきな初花のお便りを頂戴した。それは目も鮮やかな桜色の「春」一文字の切り紙である。「開いて立てて下さい」とあり、はらりと開くその一瞬にパッと江戸の「春」がたちのぼった。ああ、と声をのみ、四面体の春の気にひたった。

  なんという香ぐわしさ。机上に立てて眺めると、宮殿の幾層の屋根の反り具合にも似て、側面の字体からは高楼のきざはしがうかがえる。どんなに根をつめる剪紙(せんし)の技法であろうか。師のこまやかな手作業の、紙の剪(き)り口、折り山のみずみずしさに、息嘯(おきそ)の苦は及ばなかったろうか。何にもまさる春ことぶれの、「春」一文字に感動の息をためている。
  (八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします