盛岡タイムス Web News 2013年  2月  7日 (木)

       

■  〈上海〜NY〜台湾ひと筆書き〉3 沢村澄子 食べて話して

       
   
       

 上海では食べるもの食べるもの、みなおいしかった。ヘビーで高カロリー、辛い、といったような中華料理のイメージを一新するやさしい味で、どこで食べても大満足。じゃじゃ麺も盛岡のものほどパンチはないがとても食べやすい。当初、現地の人が大皿に盛られたギョーザだけを食しているのに違和感を持ったが、皮が炭水化物だからだという。ご飯とギョーザを食べる習わし、ギョーザはおかず、の習慣の方が奇異なのかもしれない。(わたしの生まれた大阪では、お好み焼きをおかずにしてご飯を食べるのだが)

  莫干山路50号を訪ねた。現代美術のギャラリーが多数集まってできた街で、一日かかっても全てを見ることは難しい。書の作品を扱っている店に入った。

  利発そうな目をしたボーイッシュな女の子が店番をしていた。軸を広げて感想を請うと、なぜ中国に来たのかと聞く。わたしの書は「読めない」「わからない」で片付けられがちで、日本ではなかなかその本質を見てくれる人がいない。漢字と共に長くを生きてきた中国の人がどう感想するのか、また中国では新しい書をどのように求めているのかを知りたいと言うと、彼女の答えは「あなたの作品は新しい芸術を求めていない中国には適合しないだろう、自分の画廊だって、新しいものはフランスやドイツに持っていって売るのだから」。

  小気味よく英語を話す彼女に好感を持った。わたしも身振り手振りで一生懸命話した。親子以上に年の離れたわたしたちが、中国と日本の書について真摯(しんし)に意見を交換するさまは、外から見てもすがすがしいものだったんじゃないか…と思う。英語ができなくて苦労しても、どこかとても楽しかった。

  彼女に勧められた次の画廊を目指したが、街の変貌すさまじい上海でついに行き着けなかった。同じ位置から街を眺めても、超高層マンションが並ぶ反対側で、昔ながらの長屋が昔ながらの暮らしを広げている。鉄道の車窓からの景色もまた大味で、中国は大きい、とらえ難い、という印象を得た。
(盛岡市、書家・沢村澄子) 


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