盛岡タイムス Web News 2013年  2月 10日 (日)

       

■  〈もりおかギャラリーめぐり〉2 盛久ギャラリー 文人が愛した旅館が芸文発信地 民芸建築の意匠残す

     
  民芸建築の意匠が残る1階応接間で、ギャラリー担当の及川佳子さん  
  民芸建築の意匠が残る1階応接間で、ギャラリー担当の及川佳子さん
 

 御田屋清水脇の坂を数十b登ると、瓦屋根の白壁が見えてくる。かつての盛久(もりきゅう)旅館をギャラリーに再生したのは2007年春。開館以来の展示会や催事は150回近くを数え、芸術文化の発信場所として着実にその歴史を刻んでいる。

  盛久ギャラリーの前身、盛久旅館の建物は、1902(明治35)年に新築され、県会議員らの高等下宿として利用されていた。その後の27(昭和2)年、「盛久」として旅館業を創業。48(昭和23)年には、板画家の棟方志功が個展のために投宿し、「盛久」の大看板を墨書。今に受け継がれている。

  53(昭和28)年には、伊東安兵衛の設計で民芸建築へと大改装。外の白壁もその際に造られた。1階応接間は、畳から板間に張り変え、飾り暖炉を新設。民芸建築の特徴である和洋折衷の意匠を凝らした。1階食堂の窓辺には、全国的にも珍しい縦軸回転型障子が取り付けられ、足元は大谷石でモダンな趣に。同年には、民芸運動の創始者、柳宗悦と陶芸家のバーナード・リーチが宿泊し、文人らに愛された。

  2003年、建物の老朽化で旅館業を休業したが、民芸建築を保存していくために、07年4月に貸しギャラリーとして生まれ変わった。ギャラリーへの改装時、民芸建築の意匠は守られ、今でも当時の感性に触れることができる。

  1階食堂は、メーンとなる小上がりのギャラリーへ。中庭は、軒をのばしテラス風に。アンズの古木と石畳が風景として映え、中庭でのインスタレーションを試みる作家も多い。ギャラリーの開館時、及川昭伍館主は「建物の景観を含めて活用してほしい」と語っている。

  開館から丸5年。工芸から現代美術までの展示会、ミニライブや落語、コンテンポラリーダンスなど、多岐にわたる文化活動が繰り広げられた。07年の利用回数は13回だったが、12年は42回を数え、年々活発になっている。

  運営担当の及川佳子さんは「おかげさまで、少しずつギャラリーとして認知されるようになってきた。使っていただいた作家さんや来場されたお客さまが広めてくださり、本当にありがたいこと」と話す。

  外壁が格式高い印象を与えるが、中は自然体を認めてくれるような空間。目指すギャラリー像は、風が吹き抜けるような場所だ。

  「特定のジャンルや年齢層に限らず、皆さんに気持ち良く使っていただいて、交流の場になれば。ほっとして帰れる場所にしたい」

  今後も建物を補修・保存しながら、盛岡の文化活動を後押ししていく考えだ。

  展示・催事情報は、(ホームページhttp://morikyu.net/)で確認できる。開館の目印は、折り畳み看板。
(菊地由加奈)


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