盛岡タイムス Web News 2013年  2月 13日 (火)

       

■  〈口ずさむとき〉320 伊藤幸子 奈良の大仏

 すめろぎの御代栄えんと東なるみちのく山に黄金花咲く
                             大伴家持

 出久根達郎さんのエッセイ集「書棚の隅っこ」に「面白い本は書棚の中央ではなく、片隅に息をひそめている」として、古書店の味わい深い話を披露されている。書棚の最下段にかれこれ25年も追いやられていた本が、自店の通販目録に1万2千円と出したら14人もの注文がきたという。著者は、その本の値段よりも「私がこの一年に読んだ本は、大抵が書棚の隅の本なのに気がついた」と記される。

  なんという偶然、私は先日、まさに27年ぶりに書棚の隅っこで、忘れがたい本と対面した。昭和61年5月20日初版、杉本苑子著「穢土荘厳(えどしょうごん)」である。天平期を描く壮大な歴史絵巻、定価1200円の上下巻。書棚の隅っこに押し込んでいたせいでだいぶ汚れているがページを繰ってみる。活字が小さい、むずかしい。フルタイムで働いていたころで、よく読み通したものだと自分に感心してしまった。

  天平勝宝4(752)年4月8日、奈良の大仏造立開眼の物語。私は床に座りこんで読み始めたが、天智、天武、持統帝からの蘇我氏の血脈が藤原氏へと移ってゆくこみ入った政争が描かれる。時間軸と世相と次々に起こる天災人災。一年に年号が二度も変わったり、今回は自分なりの人物配置を書きだして読み進む。

  神亀元(724)年、天武天皇の孫、長屋王(ながやおう)が藤原宇合(うまかい)の指揮する中衛府の兵に急襲され、一族滅亡にいたる。神亀6年「天平」と改まり、聖武天皇、皇后に藤原夫人光明子を冊立。天平5(733)年、旱ばつ、大地震、しかもこのころ裳瘡(もがさ)が蔓延(まんえん)した。日食も見られ、平城京は疫神(えきじん)のほしいままの地となる。聖武天皇の気ウツが昂(こう)じ、遷都をくり返す。

  天平17年、諸願をこめて奈良の都で大仏造営にとりかかる。「おん丈(たけ)五丈三尺有余。蓮の花の上に趺坐(ふざ)するお姿を思い描くだけで沈みがちな帝の精神は久々に鼓舞される。聖武帝今、四十五の分別ざかり│」と読者も胸をなでおろす。

  やがて毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)発願から9年、工事に携わった者260万人。折しも陸奥国小田郡(おだのこおり)から黄金産出。「天平感宝」と改元、国中が沸いた。しかし量が少ないため大仏の頭頂部のみに鍍金(ときん)することになった。ふいごの砲吼(ほうこう)、たたらのきしみ、水銀使用のメッキ作業は毒ガスで「気絶え」の人足が続出。奈良盆地一山工房と化して、鋳込(いこ)みの火力と人々の怒号のるつぼが展開する。超大作だが読みだすと、燃える溶鉱炉の熱気から離れることができなくなる。
(八幡平市、歌人)



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