盛岡タイムス Web News 2013年  2月 14日 (木)

       

■  〈岩手からのカナダ移住物語〉41 菊池孝育 日系人の懸念

 2013年1月16日水曜日夜、NHKは「沈黙の伝言〜日系カナダ人強制収容70年〜」を放映した。太平洋戦争中、強制収容された日系カナダ人2万3千余人の無念の歴史を、当時少女であった二人の女性の視点から構成したドキュメンタリーである。その一人、ジョイ・コガワ女史はカナダ聖公会牧師であったゴードン・中山(吾一)師の息女である。

  中山師には20年ほど前に、戦時中の収容生活について取材したことがあった。日系移民史の人物誌にあたる「一世」は師の労作である。コガワ女史も1981年、強制収容時の自伝的小説「OBASAN」を発表、カナダ文学賞のほか、数多くの賞を獲得、ベストセラーとなった。筆者も同書を学生用英語テキストとして使用したことがある。同書は「失われた祖国」と題して日本でも出版されたが、今は絶版と聞く。今回のドキュメンタリーでも、同書が下敷きになっている。

  番組の冒頭、強制収容された日系人は「戦後になっても口を閉ざし、沈黙を続けてきた」という旨のナレーションで始まる。事情を知るものにとって、胸の痛む出だしである。 

  日系カナダ人は、過去の苦難と屈辱の体験を語ろうとしなかったのは、これからカナダ人として生きていかなければならない彼らの子孫にとって、屈辱を知ることは決してプラスにはならない、との強い懸念を抱いたからであろうか。

  この不当な強制収容について、多くの一世の日系人は相変わらず沈黙を守ったのに対して、カナダ生まれの二世は1970年代から積極的に語り始めて、日系人に向けてのカナダ政府の不当な仕打ちに対して、謝罪と補償を求めるリドレス運動(redress movement)を展開した。この運動に対しても、一世は二世に思いとどまるように働き掛けたとされる。一世の心情には、カナダよりも祖国日本に思いを寄せてきた負い目があった。二世はカナダが母国であった。従って二世は、強制収容によって、カナダ市民としての権利を不当に侵害されたと捉え、母国カナダに裏切られたと考えたのである。この認識からリドレス運動が始まった。いずれにせよ、一世と二世の強制収容の捉え方には、小さからざる乖離(かいり)があったと考えられる。

  一世は自分たちがなめた苦しみとつらさを自分たちの胸に秘めたまま、黙してこの世を去れば、残された二世、三世は連邦政府や州政府との無用な軋轢(あつれき)を起こさなくて済む、他人種のコミュニティーから反発を受けずに済む、そうすれば子孫は、カナダ人として自尊心を傷つけずにカナダ社会に溶け込んでいける、と考えた。一世の心の中には、お上に盾突いたら、ろくなことがない日本の封建社会、その残滓(ざんし)が骨の髄まで染み込んでいたのである。日系一世の悲しいまでの懸念であった。

  二世を中心とした日系カナダ人のリドレス運動は、1988年、時のカナダ連邦政府マルルーニ首相の謝罪と補償で結実した。日系人のほとんどが手を取り合って喜んだが、一世は苦難の時代をかみしめるかのようにひっそりとして受け止めたのである。


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