盛岡タイムス Web News 2013年  2月 15日 (金)

       

■ 〈潮風宅配便〉137 草野悟 開かずの踏切 あれから間もなく2年

     
   
     

 JR宮古駅から釜石に向かう最初の踏切が、宮古の「八幡沖踏切」です。八幡沖と言っても市街地にあり、この踏切の先は閉伊川鉄橋で、津波で流失してしまったところです。当時、この写真の左側に多数の車が流れ着き、がれき状態となっていました。奇跡的に右側(川に近い方)は無傷で、私の住まいもあります。3.11も寒い早春でしたが、今年は異常なくらい厳しい寒さが続き、めったに積もらない宮古も雪で覆われています。

  あれから一度もこの踏切を列車が通ることはありません。JR山田線は、ここから釜石まで全線不通のままです。山田町や豊間根にいる友人の子どもたちは、JR山田線で高校に通っていました。「ものすごく不便」「毎朝学校に行くのがつらい」「宮古の病院に行けない」と山田の人たちは口々に話します。宮古市と山田町は、ある意味一つの経済圏を形成しており、交流も盛んです。

  三陸鉄道も、北リアス線の中間にある島越が大打撃を受け、田野畑と小本間が不通です。震災前は八戸から山田、釜石、大船渡とすべて鉄路で結ばれていましたので、この分断は観光面でも大きなダメージです。何よりも被災した地域住民の足としての機能がありません。もちろん宮古と山田間ばかりでなく、釜石の左右の鉄路(JRと三鉄)も不通ですから、まだまだ光が見える所までは行っていません。バスの代行運転や、BRT計画で復旧が徐々に進んではいますが、列車の中の自由な空間は、ストレスも少なく渋滞もなく、日々利用する人たちにとっては極めて大事です。

  いつものように決まった時間に列車が走り、海辺の原風景と溶け込んだ列車の景色が見られる日はいつの日になるか、心の痛い毎日です。まもなく2年、まだ2年、これからという掛け声だけが響きます。
(岩手県中核観光コーディネーター)


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