盛岡タイムス Web News 2013年  2月 15日 (金)

       

■ 〈大連通信〉90 南部駒蔵 愛情

     
   
     

 「愛情」と書いて中国語で「アイチン」と読む。行きつけのなじみの食堂の名前で、マンションの一階に並ぶ小さな店の一つである。

  交通大学の周辺でわれら老人留学生に一番人気のある食堂といったら、この「アイチン(愛情)」において他にない。かくいう私も「アイチンタオ(愛情党)」の一人で、夕食の半分はこの食堂に通っている。交通大学の隣の遼寧師範大学のキャンパスに近く、師範大学の学生がよく利用している。小さな食堂が雨後の竹の子のように乱立しているこのかいわいにあって、日本人留学生にアイチンの名がひときわ知られ、また利用者が多いのはなぜか。

  実は奈良の佐々木さんのおかげが半分はある。世話好きな彼は交通大学に来たばかりの、どこの食堂に行ったらよいか迷っている留学生にいろいろな店を紹介し、連れていってくれる。その一つがアイチンだというわけである。

  小柄な彼が肩を左右にゆすって歩く。後ろから4、5人の留学生がその配下に従ってアイチンに着く。それが大半の人にとってアイチンとの出合いである。留学生はその後、佐々木さんの手を離れて、一人でもアイチン通いすることになる。

  アイチンは親しみやすい、人気ある大衆食堂である。満席になっても25人ほどの小さな食堂で、看板料理は「マーラータン=麻辣タン(タンという漢字は湯の下に火を書く)」と「タオシャオミイエン=刀削面(「麺」という漢字の代わりに、同じ発音の「面」を使っている)」である。

  アイチンの人気の理由は、「ラオバン(老板)」夫婦が親切で親しみやすいということである。大連の小さな食堂にはよくラオバンと呼ばれる経営者がいてお金を受け取ったり、食事を出すのを手伝ったりしている。アイチンのラオバンは夫婦二人である。二人ともニコニコして親しみやすい。顔立ちも田舎の日本人といった感じである。二人はよく日本人留学生の拙い中国語の話し相手となってくれる。家族を離れて暮らしている日本人留学生は、お袋を慕うようにこの店に来て、一言、二言、会話が通じるだけでうれしい。アイチンという中国でも珍しい店の名前が生きている。

  その食事も日本人好みである。正直言って私はアイチンのチャオハファン(炒飯・火偏に少ないと書いて火でいためるという意味である。チャーハンと言っても通じない)は味が濃すぎてあまり好きではないが、これを好きな人が多い。チャオハファンは蛋炒飯(5元、約60円)、肉炒飯(7元)、しょうゆ炒飯(6元)など、9種類もある。

  私の好きなのは、というより、栄養の点からいってお勧めできるのはマーラータンである。キノコや白菜、木耳(きくらげ)、串刺しの腸詰、など大型の冷蔵庫に入っている20種類くらいの中から好きなものを選ぶ。それにミーファン(ご飯)を追加して、全部で10元から15元を支払う。コックは客の選んだものを熱湯に入れてあっという間に出来上がる。肉食に偏りがちな食生活がこれですっかり解消できる。野菜とキノコたっぷりの食事は健康的である。便秘などもしなくなる。

  日本語で「辛い」というのに、中国語では2種類あって、サンショウの辛さを「マー・麻(しびれる)」といい、トウガラシンの辛さを「ラー・辣」という。「麻辣タン」とは、まひしてしびれるような辛さに唐辛子の辛さを合わせた辛く、やけどするように熱い(「タン」は熱いという意味)食べものという意味である。しかし、辛くするかどうかは客の好みによる。「ラーダマ(辛くしますか)」と聞かれるから、もっと辛くしたかったら「ラーダ」、あまり辛くしないでほしかったら「ブラーダ」と答えればよい。

  アイチンでおいしいのは看板にも記されているタオシャオミエンである。これは日本のうどんに似ているが、平たく削った麺で腰が強く、溶かした卵とトマト、それに青菜が入っていて、タン(「湯」。スープ)もとてもうまく、私は最後の一滴まで飲みつくしている。ちなみに料金はわずか6元(約72円)である。

  「刀削面」という名前は頭の上に小さな座布団のようなものを載せて、安定させ、その上に麺を練ったものを置き、刀ですばやく削ることから、つけられた名前である。アイチンでは、板の上に面を載せてすばやく切っていたが、もともと客の前で面を削るところを見せて、食べてもらうのであろう。

  アイチンに入ったら盛岡の人にぜひ食べてもらいたいものがある。「冷麺」である。私の経験では、これを「レイメン」と言うと通じない。「ランミイエン」というと通じる。盛岡冷麺は今、全国に知られるようになったが、もともと朝鮮半島の食である。大連の食堂では「韓式冷面」などと書かれている。幾つかの店で食べたが、アイチンのランミイエンが一番うまい。盛岡冷麺もとてもおいしいが、またそれとは違って、たっぷりとスープがあり、その甘酸っぱい味が何とも言えない。アイチンの冷麺を食べながら、これが盛岡冷麺の原型だったのかなどと考える。そこに食文化の伝播と変化しながら定着していく流れを感じる。韓国に行って、冷麺を食べたらまた違う味がするだろう。

  あなたも大連に来たら、ぜひ、アイチンに足を運んでみてください。

  アイチンのその名もよろし 大連の 小さき食堂に親しめる日々
      (岩手医大元教授)


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