盛岡タイムス Web News 2013年  2月 18日 (月)

       

■  〈幸遊記〉111 照井顕  吉田ユーシンのハーモニカ

 ホーナーハーモニカの工場や、その大学校があるドイツ・トルシンゲンで、1993年に行われた第4回ワールドハーモニカ・チャンピオンシップスで、2位、3位なしのダントツの1位でチャンピオンになった、日本のハーピスト・吉田ユーシン(当時38才、現58才)。

  彼はそれ以前83年から日本大会に出場し入賞。86年日本チャンピオン。世界大会へはイギリスでの第1回大会 (87年)で特別賞。以来ドイツ、アメリカでの大会で連続入賞を続けてのチャンピオン。第5回世界大会では前チャンピオンの彼を招待しジャパンタイムをもうけてくれたのだとも。

  彼の父吉田左膳は、住田町下有住出身の銀行マンだったことから、彼は花泉町(現一関市)で54年に生まれ、有信(ありのぶ)と名付けられた。小学校を三陸、藤沢、大東、中学を種市、高校を盛岡(四高)。大学は武蔵野美術短大商業デザイン科に学んだ。ハーモニカとの出合いは、放送局のバイトをしていた8歳年上の兄が仙台から送ってくれたレコードの中にあった「ラヴィン・スプーンフル」そのボーカリスト、ジョン・セバスチャンのブルースハーモニカに小学5年生の時に魅せられてしまったのが運命のはじまり。

  1991年アメリカのデトロイドで行われた第3回世界大会に出場した時、ハーモニカのカスタムメイダーだったドイツ生まれでシカゴ在住のジョー・フィリスコ氏から彼の自作ハーモニカをプレゼントされ、お前も作ってみたらと言われたことから、セミナーを受け、はまってしまった。以来、吹きやすく、大きな音の出るハーモニカ作りに没頭、吹き口を四角から丸に変えて、テクニックを使い易くしたり、振動を通す人工大理石「デュポン・コーリアン」を世界初利用するなど、今や彼のカスタムメイド・ハーモニカは引っ張りダコ。

  大きな弁当箱程もあるバスハーモニカとコードハーモニカそして彼のハーモニカによるトリオ・ザ・ブー・フー・ウーのCDは聴きものである。そういえば、彼と石井啓介(p)とのデュオの名演奏が流れる映画があった。若くしてこの世を去った、フリージャズの伝説的サックス奏者「阿部薫」の伝記映画で若松孝二監督作品「エンドレス・ワルツ」である。あれはすごい。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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