盛岡タイムス Web News 2013年  2月 21日 (木)

       

■  〈上海〜NY〜台湾ひと筆書き〉5 沢村澄子 イン・ハーレム

     
   
     

 125番ストリート近くにアパートを借りた。住宅街なのでとても静かで(ミッドタウンの喧騒といったら!NYは24時間眠らない街だ)物価もかなり安い。

  関取みたいなマダムがいるコインランドリーでは「グッモーニン!」と、とどろくようなあいさつで迎えられる。彼女の人気で店はいつも混んでいて、洗濯機を待つ間に編み物をした。強い視線を感じて顔を上げると、きりっとした青年の目と合う。「キレイだね」って言うから、わたしじゃなくて手元の編みかけのマフラーのことよね、とは思いながら「アナタの髪もね」と返した。「サンキュー」彼が笑う。黒人特有の、毛糸を編んだようなドレッドと呼ばれるヘアスタイル。その笑顔もまたとてもきれいだ。

  ドレッド専門の美容室もあって、女たちが10人15人と集まって髪を編み込みながらおしゃべりをしていた。その様子がどうにも楽しそうで何度も入ろうとしながら、ショートカットのため断念。今でも悔やまれる。

  デリと呼ばれる小さな店では(生活必需品は大抵そろう)、銭湯の番台のような高いところでレジを打っているアラブ系のおじさんが「昔、日本人と結婚しようとして逃げられちまってサ」とか言いながら、毎日オソロシイほどの値引きをしてくれる。そのたびにお辞儀して、「ありがとう」ときっちり日本語で礼を言った。

  教会のミサに参加した。皆立ち上がって身体を大きく揺すりながら歌い、牧師さんは何か叫んでいる。それに応じて参列者も何か叫び返している。彼らの歌を聴いていると、英語がほとんど分からないのに次から次へと涙がこぼれてきて困った。意味や言葉ではなく、魂のようなものに打たれているのか、身動きもできない。何度も繰り返し歌われる「We have changed」という歌詞は聴き違いで「We are chained」が正しかった。大統領が黒人になっても、彼らはまだ鎖につながれているのだと歌う。

  そういえば、自分がイエローであることを初めて実感したのもNYだった。白人経営の店で実際に「人種差別」されてみてようやく、その意味がこの血に流れ始めた。
(盛岡市、書家・沢村澄子)
 


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