盛岡タイムス Web News 2013年  2月 26日 (火)

       

■  〈杜陵随想〉 斎藤五郎 神社通り

 今年も盛岡八幡宮の初詣の人出は23万人ほどとのこと、人口30万人都市盛岡でのこの参拝者の数には、いつものことながら驚きです。住民の敬神崇祖(けいしんすうそ)の信仰心の表れと率直に感動しています。

  私の実家の目の前が八幡宮なので、初詣は除夜の鐘が終わってすぐにでも、混雑しない時を選んででも、いつでもお参りできるのですが(といっても、日常あまり参拝などしていないのでした)。

  今年は紅白歌合戦を見終わって、ホットラインサカナチョウの四つ角から、八幡町通りを歩いて八幡宮に向かいました。

  ここから八幡宮まで、真っすぐな通りで1`ぐらいでしょうか。その八幡通りも電柱などが埋設されて化粧道路となり、往時の不夜城と呼ばれた弦歌さんざめく花街の八幡町を連想させるような行燈(あんどん)型の街灯が煌煌(こうこう)と明るいのですが、今はその明るさは県社と称された八幡宮に至る、雅楽でも聞こえてくるような静謐(せいひつ)な参道を照らす、神社への道を象徴しているようです。

  八幡町通りを歩きながら思い出しました。

  小学生の頃、元日の朝、母親に「早く起きて、勉強できるようにおはじま(八幡)さんさ元朝参りさ行っておんで(盛岡辺りでは初詣とはいいませんでした)。んだ、八幡さんの隣の松尾さんはお酒の神さんだから、おめはんたちは拝まなくてもえんでも、招魂社(護国神社)はお国のために亡くなった人の神さんだから拝んでおんでや。ついでに行けたら航海の神さんの住吉さんと、おめはんたちの勉強の神さんの天神さんも拝んでおんで」とせきたてられました。

  そしてその時に、神宮は天皇や皇族が御神体で、神社は民間人が御神体だというようなことを教えられた記憶があります。

  それから50年たった今でも、参拝している神社の認識は単なる習慣的なものだったり、何かあった時に拝まなかったからなどの縁起担ぎだったり、ちっとも変わっていないようで、せいぜい家内安全、商売繁盛、無病息災、念願成就などと拝んでいる程度で、われながらあぜんとしているのですが、それでも毎年、年の初めに八幡宮にお参りする習慣について考えてみました。

  八幡宮の鳥居の前で、参道の大勢の初詣の人の混雑や、両側に並ぶ正月のお飾りや、熊手の売り店の屋台のにぎわいを見てたたずみました。

  私としては、ゆっくり参拝のつもりだから、実家に立ち寄ってもいいのでしたが、むかし母親に言われたようにお参りすることにして、まずは松尾さんから八幡さん、そして護国神社、次に住吉さんに行って天神さん、それから八幡さんに戻ろうかと歩きだしたのですが、ここでおやっと気付いたことは、八幡さん、天神さんなどと全部さん′トびをしていることでした。

  そして重ねて感じたことは、この五棟の神社やお社(やしろ)が、一本の道路に横並びにつながって建っているということでした。

  盛岡で生まれ育って、しかも少年期を八幡町で暮らしていながら、今までこんなことに気付かなかったのだから、意外とこのことが分かって八幡宮界隈(かいわい)を認識していた人はいなかったのではないかと思ったことでした。

  何気なく漠然とそう思っていながら意識していなかったことを、はっきり意識した時からこのことが、盛岡人の私にはすごく重くなったのでした。

  八幡町を離れて半世紀を経て、八幡宮を参拝し、改めてその荘厳にして雄美な社殿の変貌に驚嘆し、感動して、こうべを垂れました。

  3万坪という境内には、本殿うしろに山を控え、参道脇には干支(えと)の十二神社を祀(まつ)り、盛岡山車資料館、氏子(うじこ)の諸事に利用の参集殿、それにお休み処(どころ)の茶店など、なんでもありの境内ですが、隣の護国神社とつながるルートは散策路、ここも心の安らぎの得られる空間で肩の力が抜けます。

  その道につながる赤い大鳥居をくぐり、2、3分で住吉神社の前に立つと、見上げる大ケヤキの奥の社殿に拝礼して続いて天満宮に参ります。

  お宮の雰囲気満喫の、こ曲がりする参道の石段をのぼって本殿。啄木の歌碑や筆塚など、五棟のお社それぞれに、名所古跡に名物旧跡など、一筋の道路に横並びの神域に改めて感動でした。

  また八幡さん、住吉さん、天神さんには神楽殿のある由緒も特筆です。

  天神さんの石段を下りながら上の橋の方を眺めて、これもああそうかと気付きました。この通りの町名が天神町。この通りと並行している、与の字橋から住吉さんの道が住吉町。そして中津川からの同じ並行道路が八幡町、松尾町と神社名がそのまま町名で、中の橋からの並行道路は国道4号につながる主幹線という、盛岡の街づくりで見事に整ったエリアも驚きです。

  名のある5棟の神社とお社が、1`足らずの道に、街の中央に向かって横並びに鎮座しているなどは希有(けう)なことではないでしょうか。ここで多くを言うことはないと思います。信仰の対象が観光にもつながることを思えば、この神社の並ぶ道筋を神社通りとか、お社通りと呼んで、門前町として街づくりを構築したら面白いと思ったことでした。

  この地域からすぐ裏の岩山も、新たにレクリエーションと健康と観光のメッカに再整備するとか聞きます。その岩山への行程にこのルートも生かせたならと思ったことでした。

  とりとめなくこんなことを考えていたら、あるいはこれは盛岡の、少なくとも河南地域のビッグブランドになるのではないかとの思いが増幅されてきました。

  以上は年の初めにしばし酔ってみた盛岡に住む私の、楽しみの思考でした。
(県芸文協顧問)


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