盛岡タイムス Web News 2013年  3月 6日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉161 三浦勲夫 岩手は待つ 

 「岩手英会話」と題して岩手に関係した英会話を書いている。一年間の行事やトピック、観光、自然などが話題である。自分でも案外楽しんで書けている。外国語教材としても興味と関心が多ければ学習が楽に進められる。書いているうちに「岩手英会話」という題も少しもじってみたくなった。「祝って・えーか・いーわ」とか、Iwateを英語式に発音すればI wait(アイ・ウェイト、「私は待つ」)と同じ発音だとか。

  「いわて」を「イハテ」と書いてそれをエスペラント語風に変化させたのが宮澤賢治の「イーハトーブ」だという。岩手が可能性として持つ未来の理想郷を感じさせる。理想郷といえば「ユートピア」がある。トマス・モア(英国)の同名著作(1516年)での造語だが、語源的には「ユー」は「ない」の意味、「トピア」は「場所」の意味で、「どこにもない場所」となる。この書によって国王ヘンリー8世の施政に異議を唱えて斬首された。完全な理想郷はこの世にはないという含意だ。時代は下ってErewhon(エリホーン)という語を作ったのはサミュエル・バトラー(英国・同名小説1872年)だった。英語nowhere(どこにもない)をほぼ逆順につづった語で、当時のヴィクトリア朝社会を風刺した。

  「イーハトーブ」にはそのような響きはない。中央文化から遠く、寒冷な凶作地帯であった岩手県は、豊かな農林水産業を基盤として、宇宙や銀河に向かう夢作りが必要だっただろう。これはひとり岩手県に限られたものではなく、ほとんどの人たちに共通する夢であり、理想であるともいえそうだ。完全な理想が達成できなくても、そこに向かって進み続け、より高い場所へ到達しようとする姿勢がある。

  Iwateを英語的に読むと「アイ・ウェイト」、「私は待つ」となるが、それはじっと状況が開けるのを待つ心である。いや、状況を開くために努力する。そう考えて粘り強く進む。何を待つか。春を、合格を、悲願達成を待つ。それには粘りや忍耐とともに、焦ることがない心のゆとりも求められる。若いうちは夢を持ち、夢を追う。夢がそのままの形で成就することはないかもしれないが、大概の結果は自力と他力の相互作用でもたらされる。自力だけでかなわない所を他人や社会の援助でかなえさせていただく。「ユートピア」は存在しなくても、近づくことはできる。欲を出せばきりがない。ミダス王のように手に触れる物すべてが金に変わり、食物が無くなった王のたとえ話もある。

  就職難や孤独な老後という世相である。夢を持ちにくい世の中である。しかしその中でも、共働きで家庭を築き、仲間とともに学び、若いころ抱いた夢に向かって進む人たちもいる。高齢者には余生の問題がある。健康と若さは油断すればするりと逃げるが、用心すれば少しでも長く維持できる。寒中から各地で行われてきた寒げいこ、裸参り、水かけ祭り、蘇民祭がある。寒さに耐え、乗り越え、期して待つのは無病息災、五穀豊穣(ほうじょう)、家内安全、商売繁盛だった。それらの行事も終わり3月となった。新年度の活動がやがて始まる。就職活動も始まる。若者に昨年よりも良い展望が開けることを願う。高齢者の健康が維持されることを願う。あせらず、あきらめず、自分を客観視して苦境をもゆとりの気持ちで笑いつつ乗り越え、努力して成果を待つ新年度の生活を願う。
   (岩手大学名誉教授)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします