盛岡タイムス Web News 2013年  3月 8日 (金)

       

■  あの日から2年 東日本大震災 夢あかりで伝える感謝 志和で制作を再開 佐藤イサ子さん(69) 田老の自宅被災

     
   紫波町への感謝を込めた夢あかり灯籠(右)を持つ佐藤さん  
   紫波町への感謝を込めた夢あかり灯籠(右)を持つ佐藤さん
 

 東日本大震災津波で宮古市田老の自宅が被災した佐藤イサ子さん(69)は夫婦で紫波町日詰地区に移住した。牛乳パックを利用した「夢あかり灯籠」を作るのが趣味で、支えてもらった紫波町への感謝を形にするため、同町の町章をかたどった作品を作った。ほかにも、2月26日から古館公民館で制作教室を開いている。「何か役に立ちたい」という一心で教室を開いた佐藤さん。「いずれは、夢あかりを通して田老とつながりを持てれば」と話している。

  夢あかりは「初めて作品を見たときに、とてもきれいだと思ったのが始まり」。「10年前くらいに、教室に通い始めた」という。

  夢あかりは牛乳パック5本を使って1作品を作る。パックを開いて模様を描き、それに沿って切り取る。横長の六角柱型に組み立て、外面をつやのある黒色に、内面は蛍光色の赤や緑、ピンク、オレンジなど、鮮やかに仕上げる。外面を黒くするのは、切り取った模様から見える内面の色が映えるようにするためという。底にアルミシートを敷き、昼間は日の光を反射させて、夜はろうそくを中に入れ、幻想的な明かりを楽しめる。

  「模様を切り抜くのが大変なので、最初の作品を作っているときにやめようと思った。でも、一つが完成し、色の鮮やかさに感動して二つ目を作るという流れで、少しずつ数が増えていった。並べて飾ると、とてもきれいで、始めてよかったと思った」と話した。

  しかし、東日本大震災津波で、完成品や制作途中の作品などが流されてしまった。夢あかりは、色づけのためのスプレーなど多くの材料が必要なこともあり、制作を諦めていた。

  そんな佐藤さんの目に昨年10月、田老地区の地元紙に掲載された記事が飛びこんできた。夢あかり作りを習った先生の記事。紫波町民が夢あかりに興味を持ったことと併せ、夢あかり作りの再開へと、佐藤さんの背中を押した。

  「記事に若い世代に夢あかりを伝えたい、という先生の言葉が載っていた。紙面を見て懐かしいと思った。その内容を見て、やってみたいという人がいて、お手伝いできればと始めてみた。2年ほど作っていなかったが、やっているうちに感覚が戻ってきた」と楽しそうに話す。

  紫波町に移ってから初めての作品は2月2、3日に開かれた古館公民館まつりで展示された。ボランティアや民生委員たちへの感謝の思いを形にするため、同町の町章とハートの形を組み合わせたデザインの作品を作った。

  「形が残るものを作りたかった。お金などではなく、どこにも売っていない、心を込めたもので感謝の気持ちを伝えたかった」という思いで制作した。

  展示された夢あかりに興味を持ち、2月26日から始まった教室には約20人の参加者が集まった。町内のほか、滝沢村からの参加もあるという。

  「模様を切り抜くのも大変だし、乾かすのも時間がかかるが、まず一つ、完成させてほしい。完成品の鮮やかさを見たとき、次も作りたいと思ってもらえるはず」と作品を作り続けるこつを話す。

  「紫波は津波の心配もないし、暮らしやすい町。皆さんに支えてもらった分、夢あかりの教室を通して、少しでも恩返しができれば」と感謝の気持ちを忘れない。

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  2011年3月11日の東日本大震災から間もなく2年―。多くの尊い人命が失われ、たくさんの数の日常生活が一瞬にして失われた。被災者、支援ボランティアの今≠伝える。


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