盛岡タイムス Web News 2013年  3月 9日 (土)

       

■ あの日から2年 東日本大震災 赤沢の土で安心な農産物を “農援”から再起期す
  福島から紫波移住 佐川一郎さん(42)

     
  4月からの農援に向けて思いを語る佐川さん  
  4月からの農援に向けて思いを語る佐川さん
 

 福島県福島市出身の佐川一郎さん(42)は、東日本大震災津波、福島第一原発事故などを機に、紫波町へ移住してきた。リンゴをはじめとする農産物を栽培する農家だった佐川さんは、同町赤沢地区の土壌の良さを以前から知っていたという。無化学肥料にこだわっていて、4月から赤沢地区の農家の手伝い(農援)を始める。「まずは地域に溶け込みながら、取り組んでいきたい」と話している。新規就農者のための活動にも取り組むと言い、農家の高齢化が顕著な同町にとっても、佐川さんの存在は大きな力となりそうだ。

  「少量ではあったが、放射線が検出されてしまった。原発事故による風評被害を避けることはできなかったし、しっかりとした安全な物を提供したいという思いもあった」と当時を振り返る。

  無化学肥料栽培に取り組み、安心安全な商品として何年もかけて顧客を増やし、信用を作ってきた。原発事故で顧客を失い、新たな販売先を開拓する気力もなくなったという。

  紫波町に移住する以前、千葉県に移り、農業の再開を試みた経緯がある。しかし、落葉樹がほとんどなく、肥料となる腐葉土が生まれず、土壌消毒されている土地がほとんどで、有機栽培をするには時間がかかり過ぎる場所だったという。

  「落葉樹もないし、九十九里だったので、山に囲まれた慣れ親しんだ自然の風景がないというのも精神的につらいものがあった。でも、現地で直売所を営む人とつながりを持てたのは収穫だった」と千葉での生活を語る。

  同町に移住したのは昨年10月。同11月から紫波中央駅近くの「農楽交流館」でクラフト教室を開催している。「町産の木材を使ったイベントで、町産材の普及、地産地消がテーマ。いろんな世代の参加者がいて、少しずつリピーターも出てきた」と話す。

  佐川さんが赤沢地区の土壌について知ったのは10年前、農業に携わる前に就いていた地盤調査の仕事を通じてだった。

  東北地方を回り、各地方の地質に精通している佐川さんは「海底の隆起によって作られた土地で、石灰が多い。石灰はリンゴやブドウにとって、良い味になる素。地質が本当に良い」と農業を再開する地として紫波町を選択した理由を話す。

  「町外、県外でリンゴ栽培が盛んな地域はイメージ作りが上手だから、人気がある。でも、赤沢のリンゴの味はどの地域と比べても負けてないと思う」と評価する。

  現在は日詰西地区に住んでいるため「まず、場所を見つけて赤沢に引っ越すところから」と話す。

  「既存の顧客への販売を復活させなければならない。そのあと、ジュースやワイン、スイーツなどの加工品まで発展できればと思う。都市部での販売として千葉県の直売所とのつながりも生かし、市場などに積極的に出荷していきたい」と描く。

  「栽培のほか、空き家を使ったグリーンツーリズムのようなものもできれば。農と食を中心とした体験を通して、伝統を見直す場所を作りたい。就農したいと思っている人がスムーズに、農業に取り組める体制を作れれば」と新天地での取り組みに意欲を見せる。


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