盛岡タイムス Web News 2013年  3月 23日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉307 岡澤敏男 静座法と妙好人と

 ■静座法と妙好人と

  これは余談ですが西式静座法について私にも忘れ得ない思い出がある。それは釜石高校(後の釜石南)で理科(生物)教師をしていた頃、郊外のある個人病院の別棟で診療する高橋六彌さんという御年配の先生から教わった静座法のことです。賢治が入門したのは16歳のときでしたが、私が手ほどきをうけたのは確か27歳の夏のことで、ちっとも宗教的な座禅などというお話もなく、先生はベッドの上にゆったり静座し西式健康法のやり方を実演して見せました。少し股を開いて静座し、腰椎を軸に上体を時計回りに円を描くように回転させるだけ、たったそれだけの健康法でした。静座は、寝起きの敷き布団の上でも畳や床の上でも、また地面や草原などでもよいから毎日五十回から百回くらい上体回転運動を実施するようにと話され勧めてくださったのです。賢治の先生(佐々木電眼)は静座法の他に「水を呑む」という健康法をも指導されたようだが、六彌先生は静座法だけでよいと語っておられた。この運動は脊椎や脊髄および交感・副交感神経の機能の保全に有効であるとのドクター的認識によるものだったのかも知れない。気が付けば、この上体回転の静座法(私の場合は百回)を始めてから、もうかれこれ半世紀余にも及び年齢の恩沢にじゅうぶん浴しています。しかも賢治もこの静座法の同好の士だったことを知って、これからは一段と楽しく静座法を続けていけそうに思われる。

  もう一つの余談は父政次郎が「妙好人的」と称した高橋勘太郎のこと。「妙好人」とは大正末期に民芸運動を提唱した民芸研究家・仏教哲学者の柳宗悦(やなぎむねよし)が「妙好人は念仏系の仏教に美しく開いた花の如きもの」(岩波文庫『妙好人論集』)と形容したように、もともと「妙好」とは梵音で「芬陀利華(ふんだりけ・ぶんだりーか)」と記され、その意味をもつ「白蓮華」により形容したものであるらしい。さらに鈴木大拙は「妙好人という言葉は他の宗派の人を記述するのには使われていません。それはもっぱら真宗の篤信の人だけを意味します」と、『真宗入門』(原書は英文・佐藤平訳)で述べているとおり妙好人とは他力教が育て上げた篤信者のことを指している。政次郎は信仰上の友人で先輩である高橋勘太郎のことを家人には「妙好人的」と呼んでいたから賢治も聞き及んでいたことと思われる。「妙好人的」といわれた勘太郎という人はどんな篤信者だったのか。

  勘太郎は県北浄法寺村(当時)に明治2年に生れ、昭和11年3月3日68歳で他界するまで文房具・雑貨・化粧品などを二戸・九戸の山間地帯に行商して生計を支えていたという。仏教の勉強は寺院や高僧について学んだのではなく、少年時代に出稼ぎのために盛岡の味噌醤油醸造商である池野権治という古い商家に奉公した折に身に付けたものだったらしい。主人(権治)は仏教の篤学・篤信家であったために、たくさんの仏典が所蔵されていて、それを主人の指導によって学習し仏教信仰の基礎をつくったという。勘太郎は生来よほど「頭脳明晰・博覧強記」に恵まれていたものかも知れない。その後、政次郎とは同じ信仰の親しい友人として花巻にたびたび訪れるようになり、大沢温泉で毎夏開催される仏教講習会では、講演後に行われる講師との対談で深い学殖の片りんをみせたという。次回は政次郎が勘太郎を「妙好人的」と呼んだ挿話を述べます。

  ■鈴木大拙著『妙好人』より抜粋

 他力教の長所は妙好人を育て上げたところにあると自分は信ずる。智慧あるものもまたよくこれに赴くのであるが、いわゆる「一文不知の尼入道」といわれる人々の中に特に深く進入して、彼らをして実に他力の体験を味わしめ得るのである。その徹底したるものの中では、たどたどしい文字の力を駆使して、その体験を表現せずにはおかぬというほどになるのである。ただそれだけでなく、彼らの日用底には、「御恩うれしや」とか、「おじひをいただく、ありがたさ」などと、受動的にのみ、かしこまっていないものさえあるのである。禅者も及ばぬと思われるほど洒洒落落さをも見せるのてある。また哲学者をも凌ぐ宇宙観を持つのである。能登の栃平ふじさんの場合でも、お茶を飲みながら、「この茶の中にも三千世界がこもっています」といったり、「石ころ一つにも、草の葉一本にも、御慈悲がいただけます」とか、「法蔵菩薩のご苦労は今日此の場でぞざります」とか、「むし(無始)よりこのかた、この世まで、わたしひとりにかかりはて、ああありかたや、なむあみだ」というような所懐は、尋常一様の信仰からは出てこない。


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