盛岡タイムス Web News 2013年  3月 27日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉164 三浦勲夫 人種差別

 人懐こい犬、犬懐こい犬、その反対に人にも犬にも懐かない犬。犬もさまざまである。同様に人もさまざまだ。他人や動植物に対する好悪を出す人、出さない人、出さないように「節度」を働かせる人。他人と言っても、同じ国民、同じ民族、外国人、異民族などがある。どの場合でも、好悪や差別をせず、あるいはあらわにせず、という共存関係は容易ではないことがあるだろう。しかし不可能では決してない。

  世界には人種差別が激しい国や地域もあれば、激しくない国や地域もある。概括的に言えば中南米ではそれが激しくないといわれる。民族の混血化が進んだ国や地域(あるいは人々)がそれに当たるようだ。メキシコは中米にあると思っている人が多いが、地図で見ると北米である。そのメキシコでは人種差別意識がきわめて薄いという話を最近、メキシコ出身の男性が話した。(放送大学岩手学習センター「異文化交流の集い」で)

  メキシコではスペイン人が16世紀に来る前から、アステカ人やマヤ人の文明が栄えていた。その文明・文化の象徴であるピラミッドはスペイン人によって破壊され、金銀財宝は略奪され、民衆は虐殺された。ピラミッドは大砲で破壊され、跡地は土で覆われ、そこに壮大なヨーロッパ式宮殿が建てられたりした。それからほぼ500年経た今日、建設工事で土地を掘り起こすと、時にピラミッドのがれきが発見されるそうだ。

  現在のメキシコ人が、征服者(コンキスタドール)であるスペイン人を憎まないかという素朴な疑問が局外者には湧く。そのメキシコの人はそう問われてちょっと首をひねったが「憎むことはない。もう古い昔のことだし」と答えた。多くのメキシコ人はスペインをはじめとするヨーロッパ人と土着の民族との混血である。メスティーゾ(混血男性)、メスティーザ(混血女性)と言われる彼らは一方だけの民族的な価値判断はしないようだ。民族抗争や人種差別による暴動の報道にも接しない。

  それならば混血化が進めばあらゆる人種差別はなくなるのだろうか。そうとも言いきれない例が多い。日本の例を取れば「日本語は世界唯一独特である」とか「日本は島国で他民族との混血はほとんどない」とか言われることがある。独特の言語と言っても韓国・朝鮮語とは文法的に類似する。混血が少ないとは言っても、最近の国際結婚の多さを除いても、古来、南方系・北方系・大陸系とか、縄文系・弥生系などと、民族の交流や混交を表す言葉が生きていて、混血の過去を示している。歴史的、文化的にも日本とアジア大陸との交流は強かった。

  その末裔(まつえい)である現代日本人が純粋の日本とは何かを提示することは困難で、混交文化のたまものから育った文化要素をもって純日本的と言わざるを得ないありさまである。「人種のるつぼ」と言われるアメリカ、「文化のサラダ・ボウル」と言われるカナダがある。人種や文化が同化あるいは共存する中でルーツが不明になり、見失われても、文化的、人種的対立が生まれる。日本においても傾向は同じである。しかし他方でメキシコや中南米に人種差別意識が薄いという現実に、一種の希望を持てる。現在の人類はアフリカに発して世界に散らばった「兄弟姉妹」であることもDNA的に証明されている。
(岩手大学名誉教授)


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