盛岡タイムス Web News 2013年  3月 28日 (木)

       

■ 盛岡市の危機管理に道筋 益岡信治課長が3月で退任 出身の総務省に復帰

     
  危機管理課職員との別れを惜しむ益岡信治氏(右から2人目)  
  危機管理課職員との別れを惜しむ益岡信治氏(右から2人目)
 

 盛岡市総務部危機管理課長の益岡信治氏(42)は3月末で退任し、出身の総務省へ戻る。危機管理指針と自治体でまだ普及していない業務継続計画の策定をはじめ、被災地への内陸支援など市の復興推進で中心的役割を担った。東日本大震災津波の起きた2011年3月11日に盛岡行きの内示を受け、初めて暮らす岩手・盛岡で奮闘した。「危機管理は緒に就いたばかり」と新年度以降の市の取り組みに期待し、2年間の任務を終える。

  益岡氏は市と国との人事交流の一環で赴任。危機管理の土台作りを任された。震災が起きる以前から決まっていた人事だが、震災後の盛岡市への引っ越しは交通の混乱が終息せず苦労した。着任早々、被災者支援などの業務に追われた。

  復興推進では、今月で閉鎖になる市かわいキャンプ、もりおか復興支援センター、復興支援学生寮、もりおか復興サポートオフィスなど開設の担当者として取り組んだ。

  内陸支援では「役所内だけでなく市内の個人やNPOが復興支援で何かやりたいとの思いがあった。それをうまく調整する気持ちを大事に、後押しする役割ができたら良いと考えていた。できるだけ応え、できる方向に向くよう取り組んだ」。

  危機管理については11年度に基本的な指針、今年度は民間などが取り組む業務継続計画の市災害編の策定作業に従事。「谷藤裕明市長が(11年の)市長選公約に日本一安全安心なまちを掲げた。市が日本一にほど遠い状況にあるのは事実。目指す方向性は正しいので、本気で危機管理の仕組み作りをすることを目指していた」

  継続計画は地方自治体で普及が進んでいない。東北の指定都市では郡山市と秋田市で策定され、他都市は13年度策定予定だ。益岡氏は東京都港区や日野市など先進地、政府や国内第一線の有識者、米国連邦危機管理庁舎(FEMA)などの聞き取りを通じ、盛岡版策定に当たった。

  「文書で整理をしただけでは不十分で、次のステップとして実践面の強化が必要だ。整理した通りに動けるかをしっかりと訓練しないと」。被害想定などのない「シナリオ非提示型訓練」などを毎年継続して初めて災害時に生きると説く。

  「いざという時の備えなので、目先の大事なことを優先させる考え方もある。役所は積み上げでいくと、どうしても後回しにされる。だから首長が音頭を取らないと実行できない。危機管理は緒に就いたばかり。これから先もいろいろなことに取り組まなければ完成しない」

  赴任するまで、北海道旅行の新幹線乗り換えで立ち寄った程度だった岩手県。この2年間で妻と子どもの3人で未知の東北を巡った。妻子はじゃじゃ麺を毎週食べるほど、とりこになったとか。

  4月からは同省大臣官房政策評価広報課の評価専門職に。「理解ある上司やスタッフの頑張り、庁内や家族の協力のおかげで2年間過ごせた。盛岡、岩手、被災地のことを忘れずにいようと思っている。戻っても日ごろから盛岡のことをPRするようにしたい」

  益岡 信治氏(ますおか・しんじ)1994年郵政省(現総務省)入省。公正取引委員会経済取引局、同省の情報通信政策局などを歴任。11年4月に市総務部消防防災課主幹兼危機管理推進室長、12年4月に現職。山口県山口市出身。


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