盛岡タイムス Web News 2013年  4月 1日 (月)

       

■  〈幸遊記〉117 照井顕 「畠山宏樹の南部杜氏錦酒」

 紫波町の名曲喫茶「これくしょん」で2013年3月に行われたマーラーのレコードジャケット展。コーヒーを飲みながら大音量で、その第1交響曲「巨人」を聴かせてもらった。そのレコードが両面回っている間、僕はマスターの小畑さんに差し出された古い写真集にくぎ付けになっていた。1977(昭和52)年に主婦と生活社から刊行された「筬(おさ)音の残響」。

  小畑氏は言う「ダスタフ・マーラー(1860〜1911)の『巨人』は自分の心の扉を開いてくれた曲であり、最大の衝撃を受けた」と。僕は僕で目の前の写真に写し出された年輩の機織女性たちの顔にくぎ付けになっていた。「たとえ錦の風吹く時も 外へなびかぬ糸柳、機織女(はたおりおなご)と馬鹿にするな 大和錦は誰が織る(秩父機織唄)」の歌詞のごとく、その自信に満ちた内面が表れている女性たちの、まるで織物のようなシワシワの顔が並ぶ白黒写真。持って来たのは、秩父に行ってきた杜氏・畠山宏樹(紫波町出身)だという。

  彼は全国1位を誇る杜氏集団・南部杜氏協会(153人)中の最年少杜氏。昨年10月から今年3月にかけては会長の鷹木祐助氏とともに250年続く秩父錦の蔵、矢尾本店で酒造り。僕も先日その甕口酒(かめくち)という生原酒を頂いて飲んだが、絶品といえる、おいしい酒だった。酒造りの一番の要は「米ふかし」という彼。味覚を表現する言葉さえ世界の10倍、200余りの表し方があるほど、味に繊細な日本人。その日本独特の麹菌は「国菌」にすべきという発酵学の権威・小泉武夫氏(東京農大教授)もまた東北福島酒造の出身と聞く。

  宏樹さんは1971(昭和46)年1月5日紫波町生まれ。中2の時神奈川秦野南中学校へ転校し、方言でいじめられコンプレックスに悩まされ両親を恨んだとも。20〜30代は祭りに没頭。真剣にいい加減に生きていたが、杜氏になってからは、自分との戦いだった。最近母に声でもらった愛のムチで「ようやく母親を理解し、われに返った」と彼。

  「咲くは山吹つつじの花よ、秩父なぁ、秩父銘仙機どころ、トントンカラカラ筬の音、トントンくるりと糸車」僕の好きな秩父音頭の一節が、酒の印象とともに味わい深く、頭の中に浮かんで来た。機織女たち、酒造男たち、それは大地に根ざした巨人たちなのだ。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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