盛岡タイムス Web News 2013年  4月 3日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉327 伊藤幸子 連句の世界

 たそがれの医院まで来てざる碁打つ
                井上ひさし

 おかしくておもしろくて、大まじめで滑稽で、知らず知らず大河の波にのみこまれるような連句の世界がある。それも当代一線の作家の方々の巻かれた「とくとく歌仙」に堪能させられた。時は今から20年余もむかし、大岡信、高橋治、丸谷才一、井上ひさしの四氏。所は山中温泉の某亭が恒例で、実にきらびやかで奥深い名句が並んでいる。

  ちなみに連句の形としては、三十六句つないで仕上げる三十六歌仙が一般的である。きまりで大事なことは、発句(最初の五七五)はその場での正客が詠み、脇句(次の七七)は主人側がつけること。五句目は月を詠みこむ月の座、三十六句の中に月の句が3回、花の句が2回との約束事がある。

  おや、ここでは、かなり停滞しているもよう。「ポスターがばたついてゐる月の駅」と月の座の大岡さん。これを受けて丸谷さん、人がいない駅の感じで、尺八に凝っている駅長の図はどうだろう。「虫とあはせて尺八に凝る」としてみた。いい感じに風も感じられる。

  次は井上さんの番。尺八を吹いている駅長は凝りすぎて、首を痛めたので医者に行こうと考える。そしてできた「たそがれの医院まできてざる碁打つ」このストーリー作りの話は常に井上氏遅筆の理由かとも思われ興味深い。

  「ざる碁」に続けたのが大岡信さん。「またも自慢の逆転ホーマー」いいなあ。「わしゃ、前にねえ、逆転ホームランを打って」と、その話ばっかり。私はこの句は岡目八目的かと思ったが正統「遣句(やりく)」の技法らしい。一座が停滞したり、ややこしい句の運びになりそうなとき、ポンとその場から離れた景色を投ずる重要な役割。大向こうをうならせる機知とタイミングがものをいう。

  さてさて三十六句も終幕が近づいた。「陣取りの筵(むしろ)のならぶ花の山」と井上氏。そこへ即座に「残雪遠く桜鯛釣る」と会心の挙句(あげく)を付けられた高橋治さん。「今回、出来がいい」と喜ぶ丸谷さん。「わかることとできることは全然別」と笑う高橋さん。まずは一座のご連衆(れんじゅ)、めでたく一巻まき上がったようで、このあとの花月のうたげが楽しみなことだ。

  井上ひさしさんは平成22年4月9日、75歳で、丸谷才一さんは昨年10月13日、87歳で亡くなられた。共に山形生まれ、今頃は天界の花筵で「難しいことを易しく、易しいことをふかく」と談笑しておられるだろうか。 (八幡平市、歌人)


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