盛岡タイムス Web News 2013年  4月 8日 (月)

       

■  〈幸遊記〉118 照井顕 堀内繁喜のBar・Cafe・the・S

 僕がジャズにのめり込むきっかけとなったのは、1969〜72年にかけて、宮古出身のピアニスト故・本田竹彦(のちの竹広1945〜2006)のデビューアルバム「本田竹彦の魅力」、続く「ザ・トリオ」、「浄土」を夢中で聴き、彼の生演奏を初めて聴きに行ったことからだった。

  その後の77年に本田の「トリオ」を陸前高田に呼んで感激。85年の「日本ジャズ祭イン陸前高田」に彼の「ネイティブサン」。99年には盛岡のマリオスホールでの「本田ファミリー」など幾度となく主催した。僕が盛岡に店を移した翌年の2002年に、彼がご祝儀演奏をしに「開運橋のジョニー」に来てくれ、演奏とその思いに胸が熱くなった記憶。

  その本田が、彼の故郷に新しくジャズの店ができたことを喜び、アップライトのピアノを持ち込んでコンサートをした。その「Bar・Cafe・the・S」店主の堀内繁喜さん(現・43)はそれ以前の2年半ほど、DJバーをやっていて、さらにそれ以前といえば宮古水産高校時代から、車が好き。バイクが好き。オーディオが好き。サーフィンが好き。バリ島が好き。と、その全部を実践体験。仙台自動車整備専門学校で2年間学び、宮古に戻って中古自動車販売会社を8年手伝ったのだという。

  開店10年目だった彼の店の「S」の字は、マイルス・デイビス(tp)が書いたShut UpのSを使ったおしゃれな店だったが、2011・3・11の津波で被災した。本田が生前「ピアノを買うなら、ベーゼンドルファーがいいぞ」と言っていたことから古いベーゼンを探し見つけ、群馬から購入したのは2008年、本田が亡くなってから2年後のことだった。

  どちらかと言えばクラシック系の人々に好まれてきたベーゼンのピアノ。それがジャズの店に入った。それも一つの話題になった。3・11では弦が被災を免れたのが幸いし、購入先だった「ピアノプラザ群馬」が無償修理してくれたことから、店を沿岸の宮古から県の都(みやこ)へ店を移したのは、被災から4カ月後の7月だった!その素早さに拍手した僕。

  以来彼、堀内さんは一生懸命店をやり、客も一所懸命の店に通う。店はいつも“繁喜”に満ち、米国製JBLスピーカー「パラゴン」から流れるジャズの音もまた、もう一つのシゲキとなって、いまや盛岡を代表するカッコイイジャズの店と評判です。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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