盛岡タイムス Web News 2013年  4月 10日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉166 三浦勲夫 ウグイスとヒバリ

 春を告げる美声の鳥はウグイスとヒバリだろう。今年は3月24日に川べりの藪(やぶ)で鳴き出したウグイスの声を聞いた。それまで続いていた寒さから解放された暖かい日だった。ヒバリはその4日後に声を聞いた。高松の池の北にある旧競馬場の近くだった。3羽ぐらいの陽気な声が空から響いたが、姿は見えなかった。やはり暖かい日だった。

  その年に初めて聞く鳥の声はすがすがしい。これから北国にも春がいよいよやって来る。春を待っているのは人だけではない。ウグイスやヒバリも待っている。やがて木の葉が徐々に伸び広がると新緑の季節となる。そのころには、カッコウやホトトギスがやって来て鳴く。ヨシキリやクイナも鳴く。花は桜からリンゴ、ナシへと移っていく。梅雨に入る前が感覚的には快適な時期である(花粉アレルギーの人などには憂鬱〈ゆううつ〉だろうが)。

  ヒバリの声を聞いて思わず温かい思いが広がったが、現実の世間は新年度がスタートしたばかりである。年度末には卒業式や退職や転勤があった。別れの会があちこちで開かれた。新たな境遇や土地や部署に来て、新生活が始まった。その間にも桜前線はすでに3月10日ごろから列島を北上し始めた。ヒトがうごめき続けている間に盛岡の桜の開花は4月20日ごろと予測されている。それまでは南の温暖な地からの花便りを聞いて、その到来を待つことになる。しかし春は桜ばかりではない。

  桜を待つ間、北国の人に与えられる楽しみは、山や野や川の野草や鳥たちの声である。去年の枯れ草に交じって黄緑の小さいフキノトウの玉が頭を出した(3月末)。スイセンやチューリップの葉が少しずつ伸び、広がっている(同)。ウグイスやヒバリの声は桜が咲くはるか前から人の心に春の光を投げかける。花の春に先駆けて、鳥の春がやって来る。

  春を前に去った鳥はハクチョウだった。整然とV字編隊を組んで「コーコー」と声を掛け合い、一群一群と湖や川から空高く去って行った。北国の風物詩である。先頭のハクチョウの姿はいかにもりりしかった。長い群れを率いて、集団の安全と運命を一身に背負い、空気を切って泳ぐように飛んでいった。

  毎朝犬と歩く路上の雪氷は冬には硬く凍りついて危険だったが、次第にやせ細り、解けて水になり、ついに姿を消した。それを心待ちにした。通りの角々は日陰と日なたに面していて、日陰側の雪氷は遅くまで頑固に残ったが、日なた側の道は早々と雪氷を解かして乾いた。あたかも「春はついそこの角」まで来ていたことを告げるかのようだった。

  毎年繰り返される冬と春の交代劇だ。ウグイスの初音を聞いたとき、それはごく短い「ケキョ」「ケキョ」だった。初めのうちは短いのが常だが、少しずつ長く「ホーホケキョ」となり、その後に「ケキョケキョケキョケキョ」と何度もリフレインをつける。歌の名人(鳥)たちが喉を競いあう。素質をたゆまぬ訓練で磨き上げて、美声を開花させるのがウグイスなら、ヒバリは春の最初から「ピチピチピチピチ」と愉快そうに声を響かせる。幼い少女時代から大人顔負けの歌唱力で歌謡界の頂点に一気に駆け上がったのは、昭和歌謡界の大御所、美空ひばりだった。その大御所も病と人生の浮沈にもまれて世を去った。そしてすでに平成も今年で25回目の新年度を迎えた。
   (岩手大学名誉教授)


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