盛岡タイムス Web News 2013年  5月 1日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉331 伊藤幸子 名句を生む名人

 花曇かるく一ぜん食べにけり
               久保田万太郎

 ようやく暖房なしでもすごせる季節になった。花曇りの朝、「かるく一ぜん食べにけり」と、一日のスタート。かるく、さわやかに、自分の行為がそのまま句になる暮らし。久保田万太郎さんは、しばしばこの欄でも書かせてもらっているが、句を読みその世界に分け入るごとに新しい発見がある。

  けさ、私はパンにみそ汁、卵焼き、キュウリ漬けぐらいで済ませたが「パンにバタたっぷりつけて春惜しむ」の万太郎句を思い出していた。「玉子焼それも厚焼花ぐもり」って、まるでけさの私の食卓のよう。もっとも厚焼き卵は得意の分野ではないけれど。

  昨年12月に亡くなられた小沢昭一さんに、万太郎さんとの味わい深い一文がある。古い話である。小沢さんの結婚式の時、他の会場から帰られる万太郎さんを追いかけて色紙を書いてもらった由。万太郎さんは、タクシーに半分身体(からだ)を入れながら、そのままの姿勢でさっと書いてくださったという。「菊が香やかたみに思ふことひとつ」の色紙。のちに小沢さんの母上に「ポツポツと墨が散ったような、汚れたのがまじっていたけど、捨てたよ」と言われ卒倒せんばかりに驚いたとある。小沢さんは、この痛恨事よりも、あんなふうに人に乞われて、さっと色紙にしたためられるようになりたいものだと思ったとのこと。そしてお二人の接点はこの時だけだったと伝える。

  小沢さんの語る「万太郎発言」がおもしろい。万太郎作「東京に出なくていい日鷦鷯(みそさざい)」に誰かが「先生、みそさざいが居ましたか」ときいたら「見なけりゃ作っちゃいけませんか」と答えられたとのこと。「だからといって、見ない句を正当化しようなんて思っちゃおりません」と小沢氏の述懐。「やはり見なきゃダメでしょう。でも、この毒づきにはつい拍手」とする氏の心の振幅に私もつい拍手。

  一日一句を心がけ、遊びだからこそまじめで、俳句は趣味か?と自問する小沢さん。そして「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」の万太郎の絶唱を思う。愛人の急逝のあとのタウン誌「銀座百点」の忘年句会の即吟だ。

  食事雑談しながらでも名句を生む名人のわざ。昭和38年5月6日、73歳を一期とされた万太郎さん。昨年暮れ、半世紀を隔てて再会のお二人。小沢さんは一茶の「これからが丸儲(もう)けぞよ娑婆(しゃば)遊び」が憧れだったのにと、花曇りの下界を眺めておられるだろうか。
(八幡平市、歌人)



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