盛岡タイムス Web News 2013年  5月 16日 (木)

       

■  〈風の筆〉1 沢村澄子 「さくら」

     
   
     

 4月25日。朝、盛岡を出て、仙台から空路広島を目指した。昼過ぎには飛行機を降り、広島駅へ向かうバスに乗っており、そのバスには冷房が入っていた。

  盛岡ではつぼみが茶色かった桜も、北上あたりでちらほら。一関で七分咲き。仙台で満開のように見て取れた。広島では当然とっくに散ってしまっているのであり、ここでの季節はもう間違いなく三歩も四歩も初夏へと踏み込んでいる。

  広島駅で高校の担任の先生に25年ぶりにお会いし、470人中いつも468番の成績、授業中に寝込んで大声で寝言を言う、そんなキミが大学に受かったときはうれしかった、しかし、高校に勤めると聞いたときには、ボクは絶対キミと同じ学校にだけは一緒に勤めたくない!と思ったなどと言われて盛り上がり、先生が修学旅行の登山コースまで覚えていらしたのに驚いた。

  尽きぬ話を脱ぎ捨てるようにして広島から福山へ。駅前の画廊が閉まる前に滑り込みたい、と乗り込んだ新幹線は「さくら」。わずか23分ほどの旅である。

  そんな名前の新幹線があるとは知らなかった。しかし、調べると、「さくら」は鹿児島中央│新大阪間を走っており、2011年3月12日にデビューしている。あの地震の翌日の生まれとあっては、東北人に覚えられなくても仕方あるまい。

  車窓から見える瀬戸内の気色は、まばゆいばかりの光の渦。穏やかに穏やかにこれもまた日本なのだと教えてくれる。海が光り、屋根が光り、木々が光り、けれど、その光は、わたしたちのものとは全く違う。

  東北で親しい新幹線といえば、「はやて」「やまびこ」「こまち」などだが、西日本では新幹線に乗り遅れた人を、「『のぞみ』がなくても『ひかり』があります」と励ますのだそうな。

  けれど、わたしの乗った新幹線は「さくら」だった。あの翌日から走っている、花が散っても新緑を縫って走り続ける「さくら」に乗った。

     ◇  ◇

  昔、わたしの書を「風の筆」と呼んだ人がありました。あまり意味がなく、窓が開いたから、気圧が変わったから、くらいの理由で吹く風、のようなもの、という命名だったようです。

  作文も同様のわたしなのですが、それでも読んでいただけるなら、幸いに思います。
  (盛岡市、書家)


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