盛岡タイムス Web News 2013年  5月 30日 (木)

       

■  〈風の筆〉3 沢村澄子 「シビレル男」


  17歳の頃、『セブンティーン』(集英社)という雑誌の「御三家に興味のない女の子はレズ」という記事を読んで、しばらくわたしは自分を同性愛者だと信じていた。

  また、通学電車の中、つり革につかまるOLのお姉さんの白い手首に青い血管が浮き出ているのが妙に気になって、キレイだなぁ…早くわたしも大人にならないかなぁ…と願い、大人になったら血管が透ける、と思っていたのだから、相当、寝ボケた高校生だったと言える。

  当時アイドルの御三家、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎には関心なく、テレビを見て心が騒ぐといえば、立花隆や荒木経惟。書道科に進んでからはガゼン白川静が好きに。  

  会ってみたいなぁ…。と願う日もあったが、かなわず、白川静は2006年に96歳で亡くなった。その後、わたしにとってアイドルと呼べる崇拝者はいなかった。ところが、最近また熱烈にハマったのが、小林秀雄である。

  難しい睡眠薬みたいな本を書く人、と思っていたが、講演のCDを聴いてみると何ともステキ。何も難しくない。素朴。正直。真摯(しんし)。とにかく一生懸命な人。

  台所で玉ネギの皮をむきながら小林秀雄を聴く。思わず「そうだッ!」と叫んでいる。右手に包丁、左手にゴボウで「よく言った!」切り干し大根をもどしながら「その通り!」。

  いやいや、本当に。心底共鳴するとうれしくなって、鍋をタワシでこする手が何度も止まり、そのたび、わたしは何かを叫んだ。そしてついに、何の話を聴いた時だったか、ゾゾーっと、背中に電流が流れるようなシビレル感じがして、放心。天を仰いだ。

  いまだその時の現象の真相は分からない。けれど、このとき生まれて初めて、わたしはヨンさまやエルビスに失神する女性を理解できるような気がした。そうなってみないことには分からないことなのだ、ということもまた分かった。

  小林秀雄は学問の大事を説くのに、本居宣長の言葉を繰り返す。

  「考える」とは「むかえる」が素。「むかえる」は「身交わす」から。つまり、「思う」「考える」とは、対象に身を交えることで、知識として知ることとは全く違う。 

  「学んで知る」より「思って得る」が大事。そしてそれは、あたかも男女の恋愛のようなものだと。
(盛岡市、書家) 


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