盛岡タイムス Web News 2013年  6月  5日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉336 伊藤幸子 「曲水の宴」


  曲水や豊頬女官目もと酔ひ
               岡部六弥太

 5月26日、平泉町毛越寺にて第27回「曲水の宴」が開催された。一昨年世界遺産に登録され、震災復興への願いをこめて、今年は「歩み」を歌題に、岩手から6人の歌人が出詠した。いつもはテレビで見る行事、それに出演するなんて恐れ多く気が重かった。

  当日は無風快晴の曲水日和に恵まれ、宿泊ホテルより毛越寺に向かう。「藤浪のゆたかなる坂下りゆくけふ曲水の宴にはべらん」ふとも唇に浮かんだ歌。私の大好きな藤浪の坂道、こんなふうに歌を授かった朝目の景に感謝。

  9時から毛越寺の庫裡(くり)広間にて着付けが始まった。一関市の若い会社員の女性が十二単を召される。私たちは袿(うちぎ)姿。朱色の袴に鴇(とき)色の袿、山吹色の襲(かさね)の色目が鮮やかだ。今年は女性の装束を新調とのことで生地が固く、着付けの皆さんは大変苦労されたようだ。

  正午、本堂前に整列。拝礼記念撮影。十二単の初々しさ、男性歌人は衣冠、狩衣姿。品(しな)高い冠に威儀を正し、扇を手に黒い木沓(ぐつ)も艶めいて、近寄りがたい平安貴族の趣である。

  ここから龍頭、鷁首(げきしゅ)船に乗りこみ、大泉が池をゆったりと渡る。とろりと蒼(あお)い水面を叩く櫂(かい)の音がやさしい。水の上で水音を聴く涼しさ、時と人と風景の得がたい接点だ。

  やがて遣水(やりみず)のほとりに着き、6人各々の絹傘の下に座る。1時すぎ開演。十二単の姫君により「本日のお題は、歩みでございます」と歌題が披露された。そのあと特設舞台で、雅楽「催馬楽」に合わせて毛越寺延年の舞「若女」が奉納された。

  そしてゆるゆると場面は移り、遣水におもむろに羽觴(うしょう)が浮かべられた。さあ、筆を整えて想を練らなくては。硯の海に陽が照って、墨が乾いていきそうだ。短冊を手に持って書く難しさ。座っている茣蓙(ござ)の先の芝草をしきりにアリが行き来する。小さなクモもいるようだ。そんな雑念を振り払って、やっと書き終えて扇を胸の前に立てた。

  すると童子(どうじ)さんが静かに寄ってきて、羽觴の杯をさされ、私はうやうやしく御酒を頂戴した。髪をみずらに結った童子たちは、みなお寺さんのお子さん方の由。長年伝統の行事に仕えて落ち着いた所作に敬服した。

  詠み終わった歌は宮中歌会始の講師(こうじ)、近衛忠大様と坊城俊在様のやんごとなきお声にて、古式ゆかしく披講され、うっとりと聴き入った。雲ひとつないみちのくの浄土庭園にて歌を奉る今日のご縁に感謝の念でいっぱいだった。
(八幡平市、歌人)



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