盛岡タイムス Web News 2013年  6月  13日 (木)

       

■  〈風の筆〉5 沢村澄子 脱・どうでもいい


  先週の続きで肴町商店街の話を書くつもりが、急きょの差し込み。

  7月から盛岡市中央公民館で「もりおかミドル・アカデミー」が開講される。

  これは、50〜64歳を対象に、これまで仕事などを優先して後回しにしてきた「ゆとり」や「趣味」に関わる文化的な話題を、聞いたり尋ねたり情報交換したりしながら楽しく学ぶ、という企画である、と、その担当者からの電話である。

  「講師として現代美術の回を担当してほしい」と言われたので、即お断り。書家にそれは無理。すると、「書家だけど池に風船浮かべたりしてますよね。その話なんかしてもらえたら。その道の専門の方に講師をしていただくのではなく、本業の他にやってる、辺りのことが今回は重要で。働き盛りの方々に、仕事以外のところにも何か人生の大事を見つけませんか、という問いを起こしたく…」うんぬん、その説得のうまいこと、うまいこと。感心しているうちに「沢村さんの人を巻き込むコミュニケーション能力でよろしく」と最終回の10月16日を受け持つことになってしまった。

  ところが、チラシが送られてきてびっくり。わたしの肩書きが「書家・現代美術家」で、その日の内容が「現代美術は『度胸』と『コミュニケーション』」になっている。いつの間に!

  困ったけれど、口癖が「どうでもいい」「しょうがない」「テキトー」「ま、いいか」のわたしだから、この際、これを機会に現代美術家になってみようか…医師だと職業詐称だが現代美術家なら捕まるまい。だいたい、どんな名でも肩書きでも形容でも言い表せないこの自分である。花子と呼ばれようが、おばちゃんと呼ばれようが、現代美術家と呼ばれるくらいどうってことはないのだが…、ただ、どうにもその自覚がない。

  小事にとらわれ大事をなくすのがイヤで、「どうでもいい」と生きてきた。今回も「ま、いいか」にするかと庭で水やりをしていたのだが、きょうは何を思ったのかジョウロを投げ出し、公民館に電話をかけに。

  流布してしまったものは「しょうがない」として、肩書きを「書家」だけに、タイトルを「『度胸』と『コミュニケーション』で現代美術を」に直してもらった。

  先のは担当者のわたしへの期待が重々伝わるタイトルで、確かにわたしには「石橋はまたいで渡る」か「石橋がどこにあるのか分からない」ところがある。それを「度胸」と呼ぶことも可能だろうし、大阪おばちゃんの特性でもって、盛岡の人よりおしょすがらずに人と交わる。でもそれなら、「沢村は『度胸』と『コミュニケーション』」なのであって、「現代美術は『度胸』と『コミュニケーション』」だと現代美術をやってらっしゃる方々から怒られます。

  とにかくわたしは今回反省した。肴町のことも突然「決まりました」と報告され、詳細の相談のないことが商店街の皆さんに後々ご迷惑をお掛けすることになり、申し訳なく。度重なるこのような事態は、長年にわたるわたしの立ち振る舞いから、わたしが「どうでもいい」人間だと周囲に認識されてしまったから。

  6月18日参加申し込み締め切りのこの講座。全8回。どうか、いろんな大事が語り合われる場に。
(盛岡市、書家)


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