盛岡タイムス Web News 2013年  6月  19日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉228 伊藤幸子 「生死を分けて」


  春の風吹きても凝固したままの泥の厚さよ仙台平野    
                             斉藤梢

 ことし6月10日発行の歌集を頂戴した。宮城県名取市在住の斉藤梢さんの第二歌集「遠浅」。昭和35年弘前市生まれの作者の、平成9年から24年までの作品459首が収められている。

  震災より2年、ページを繰るとどうしても生々しい地震、津波の作品に目を奪われるが、津軽生まれの作者が福島の男性と巡り合い、宮城で新しい暮らしを始める日々の明るさがいい。

  「唇にマフラー触るる雪の日は息をさへぎるやさしさのあり」「いちにちは摩擦に満ちて店員の声にて言へり『いらっしゃいませ』」また「十七歳、二十一歳、そしてわれ三つの音ですする鍋焼き」との家族構成の日も長かった。

  そして「七北田川(ななきたがは)流るる町に新しき姓さづかりて寒ぶりを買ふ」「われの子がきみの子になるこの春は花より幹に注ぐ桜雨」仙台市の南部名取川の北方に、荒浜を経て太平洋に注ぐ七北田川。「新しき姓さづかりて」の初々しさ。ナイスミドルの、幼児ではない子連れの新しいファミリーの景色が新鮮だ。「思ひ出は作るものにて三人で並ぶスタジアムこの晴れた日に」わかりあえる男親っていいな。

  「過去形で頷(うなづ)くことの多くなり満ち欠けて月の満ちる紙婚式(かみこん)」「苗字にはもう慣れたかと聞く夫と息子に注ぐは辛口〈じょっぱり〉」真珠婚、ダイヤモンド婚にはほど遠い紙婚の会話。私は婿取りなので旧姓を語る友人たちをうらやましく、まぶしく思っていたものだ。

  そんな市井の平安を破って、運命の日が訪れた。「嗚呼、三月十一日二時四十六分の前後で割れる普通の暮し」東日本大震災、あれから2年。生ある者にのみ数えられる月日、「閖上(ゆりあげ)とふ美しき名の漁港なり ここから二キロが壊滅の報」私はあの夜「陸前高田が壊滅」と聞き、「かいめつって、むずかしい字だ」と朦朧(もうろう)とした頭で思っていた。

  「避難所の三十一万人に含まれて車泊のわれら市役所駐車場」「生き残りしわれが手にとる新聞に被災地の昨日残されてをり」「生と死を分けたのは何 いくたびも問ひて見上げる三日目の月」当日、二日目、三日目と時は過ぎてゆく。生死を分けて、昨日の惨事は過去となる。人知の及ばぬ運命の不思議さ。

  「満月があまねく幸(さち)をそそぎたり かつての屋根にいまの更地に」集の巻末の一首。さえぎるもののない視野の先に煌々(こうこう)と満月が昇る。被災直後からの日常をつぶさに書きとめた一巻、作者53歳の春である。
     (八幡平市、歌人)



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