盛岡タイムス Web News 2013年  6月  20日 (木)

       

■  大槌を思う手ぬぐい 町の風土景勝をデザイン 売り上げを再生のため 津波被災で盛岡暮らし 阿部惠子さん(69)

     
   大槌町のために手拭いを販売する阿部惠子さん(右)と夫で安渡大神楽胴元の節郎さん  
   大槌町のために手拭いを販売する阿部惠子さん(右)と夫で安渡大神楽胴元の節郎さん
 


  盛岡市の阿部惠子さん(69)は、東日本大震災津波で被災して離れた大槌町のために手拭い企画を立ち上げ、内陸でできることを続けている。4次避難先の部屋に設けた工房「創」では、手拭いのデザインや型彫りに打ち込む。阿部さんは「心に夢を持ってやりたい」と話している。

  宮古市に生まれ、小学校の教員を定年後、大槌町新港町の自宅で第二の人生を送っていた。子どもたちの相談員をしながら、2010年の秋には自宅近くの緑地に工房「ちょこっと創」と名付けた小屋を設けた。

  「学校に行けない子がここに来て、ちょこっと絵を描いたり、野菜を作ったり。ちょこっと相談に来られるような場所にしたい」。暖かくなったころ、新たな夢をスタートさせようとした矢先だった。

  大津波は、過去も現在も未来をも奪った。自宅があった土地は地盤沈下で海の一部と化し、もう人は住めない危険地区に指定された。

  阿部さんは、傷ついた町を菜の花で再生させようとする「菜の花プロジェクト」に賛同し、手拭いの売り上げを寄付している。ひょっこりひょうたん島や家紋シリーズ、大神楽など7種類のデザインを手掛け、盛岡市内で販売している。

  この企画はもともと、地元の神楽のために11年に始まった。同町内には、21の伝統芸能が継承されている。夫の節郎さん(72)は、安渡(あんど)大神楽の10代目胴元。自宅には獅子の頭などが保管されていたが、道具は流出し、8人の仲間は若くして帰らぬ人となった。

  震災の年の9月、町では祭典が開かれたが、安渡大神楽は祭りどころではなかった。しかし、祭りが終わると「俺たちもこのままではいけない」と支援の呼び掛けを開始。山車の支援が決まった。

  惠子さんは、山車の倉庫の建設資金を作るために手拭い企画を仲間に提案。初めは「手拭いなんか売れるか」との反応だったが、「やってみないと分からない」精神で企画が動き出した。

  早速、盛岡市内の巴染工に相談。自ら型紙に、ひょっこりひょうたん島やくじら山など3種類を彫り上げた。

  出だしは各100枚を用意したが、終わってみると約4千枚を売り上げた。目標は達成し、無事に山車も倉庫も完成。昨年の祭りで、鎮魂の四方固めを舞うことができた。

  現在販売中の第2弾では、四方固めを舞う大神楽をデザイン。獅子もボタンも愛らしく、ほのぼのと仕上がった。第1弾で好評だったひょっこりひょうたん島は、水色からピンクへと色を変え、家紋シリーズには先人の吉里吉里(前川)善兵衛も取り入れた。

  「東日本大震災の被災者支援にご協力をよろしくお願いします」。今でも、忘れられない声がある。声の主は、3次避難先の二戸市内で、早朝に募金活動をする小学生だった。「生きることを考えないと」と、子どもたちが忘れかけていた歌を思い出させてくれた。

  「いつでも夢を」。吉永小百合さんと橋幸夫さんが歌う歌詞は、教員時代からの道しるべ。惠子さんは「やっぱり、いつでも夢をだなと思って。夢を持ってやるの」と一歩ずつ、盛岡で自分らしい人生を歩もうとしている。

  第2弾の手拭いは、もりおか歴史文化館とあさ開で購入できる。問い合わせは、阿部さん(電話090―4632―6779)へ。


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