盛岡タイムス Web News 2013年  6月  20日 (木)

       

■  〈岩手からのカナダ移住物語〉59 菊池孝育 大正末期の岩手出身者A


  東磐井郡
藤澤村字藤澤 安部文十郎
大津保村字大籠  千葉孟
  同     妻  ふさ
  同   (加生)二男 猛
  同      千葉五市
  同      千葉義実
  同   佐藤與惣右衛門
  同     佐藤久之進
  同       佐藤昇
  同     佐藤栄三郎
舞川村字舞草  佐藤蘭長
  同     妻 みさを
  同 (加生)長女 カツ子
藤澤村    立身久兵衛

  東磐井郡出身者は、先達であった宮城県登米郡米川村出身者の影響と勧誘を受けてカナダに渡った。カナダ上陸直後は、ニューウエストミンスター近郊の登米コロニーで働き、やがて農業を目指して内陸部に移って行った。佐藤與惣右衛門、千葉孟(既述)、千葉五(伍)市(既述)がこの地域の先駆けであった。與惣右衛門は大籠にあって肝いりであったとされる。佐藤姓の移住者は彼の親戚であったと考えられる。

  (加生)はカナダ生まれの意味である。東磐井の人々は一時的に他の職に就くことがあっても、当初の志を貫き、農家として定住した。アルバータ州マクロードの小野寺繁治(既述)がこの名簿に載っていない。
 
  西磐井郡

厳美村字五串
       阿部昇右衛門
金澤村字中町
       (亡)千葉忠雄
平泉村     千葉養吉
  同      妻 よし
  同     二女 昌子
一関町   (亡)千葉宗吉
中里村中里  伊東宗一郎
  同     妻 よしみ
永井村    後藤亀之丞
花泉村    小野寺富蔵
永井村     菅原運吉
  同   (亡)妻 はるの
一関町    佐藤潤次カ
  同      妻 チョ
  同   (加生)長女芳子

  以上、西磐井郡出身者の名簿である。最初の阿部昇右衛門は、吉田愼也の呼び寄せ移民であった。彼は剣道に秀でていて、前に述べた大槻心一と共に、スティブストンの剣道師範を務めた。このことは愼也のおいの?(しげし)が、生前筆者に語ってくれたことである。また今は亡きスティブストンの林林太郎も、「愼也さんは阿部昇右衛門のような剣道の猛者を何人かカナダに呼び寄せた」と述べている。千葉忠雄、千葉養吉、千葉宗吉は出身町村は異なるけれども、親戚であった可能性が高い。藤澤や大籠出身者とつながりがあったのかもしれない。

  後藤亀之丞、小野寺富蔵、菅原運吉、佐藤潤次カの4人は、当初、スティブストンに居住して、スティブストン農産会社の要員であったとされる。従って愼也の誘いでカナダに渡ったものであろう。柔剣道に優れていた人たちだったのであろう。

  水沢留守藩の藩士の末裔(まつえい)には、カナダに呼び寄せるべき、武道に優れた人物が払底したので、愼也は旧一関田村藩士の末裔に白羽の矢を立てたことは、十分考えられる。


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