盛岡タイムス Web News 2013年  6月  20日 (木)

       

■  〈風の筆〉6 沢村澄子 「肴町商店街(裏)」


  パリコレのモデルさんだって、舞台裏では、ああは澄まして歩いてないだろう。ホットラインサカナチョウにデビューすることになった「書は楽し!」展のメンバーとて同じである。

  突然降ってきた大舞台に動揺は隠せず、それでもその華やかな舞台に上がれるのがうれしくて、どんなものを書こう、どうすればいいの、と心は右往左往。まずは商店街へ各店の皆さんのお話をうかがいに。

  「燃えるような作品を」「お客さんが元気になるようなものを」「美や癒やしをイメージして」などなど、さまざまなご要望を耳に、「何を書くべきか」「何が大事か」を考えるが、これは難しい。ちょっと字が大きすぎた、もう少し右寄りに書けばよかった、などと反省するのとは次元が違う。「美」とは何か、など悩み始めれば、うっ、とそこから動けない。しかし、根源的なこれらの問いに必死に臨むことになったのも、やはり「肴町商店街デビュー」という、まぶしいような契機のおかげ。

  本屋さんから「詩を書いてほしい」という注文を受けたNさんは、まずはご主人がボブ・ディランの『Forever Young』(岩崎書店)から英文の一部を淡墨で横書きした。続いて奥さんが、その上に黒い墨でアーサー・ビナードの日本語訳を書き重ね、その作品の横に原書を置いた。「売れたそうです!あの本、注文してくださった方も出たそうです!」と、うれしそうに走ってきたNさん。本を売るために書いたのではないけれど、誰かに何かが伝わった、ということが、本が売れる、という形で返ってきた。本屋さんにも少しだけご恩返しができた。

  作品を見に行った友達から「あの店にいいスカートがあった」「あの店はお茶の他にお菓子もおいしい」と喜ばれたとか、道を歩いていたおじいさんから「こりゃなんだね」と話し掛けられて話し込み、「ああ、面白かった。アンタたちと話ができて、きょうはいい日だった」って言われたとか、当然のことながら、ギャラリーに収まっていたのでは起こり得ないことが次々起こる。

  搬出時、Sさんは商店街のガードマンさんから「下ろしちゃったの?もったいないなぁ。ウインドーも明るくなってよかったのにねえ。惜しいねえ」って褒めてもらって最敬礼。お店の方が、書がよく映えるようにって、マネキンの洋服もまた合わせてくださったと聞いて、涙、涙。

  本当に多くの方々にお世話になりました。

  人々の中に飛び出してみると自分の小ささがよく分かる。今まで必死に書かんとしていたそのこだわりも、何と息の詰まったささやかなものだったことか。それら自分を守らんとする虚栄心、をとことん書きつぶしてゆく舞台裏、で、わたしはメンバーおのおのの奮闘ぶりを見ていた。それぞれが、人々の行き交う舞台でぶつかった「真に書くべき大事」とは何だったのか。

  もっと遠くへ点を打とう。はるか彼方まで線を通して。文字は広々と世界を興し、言葉はいろんな大事をつなげてゆく。筆は一点にも真摯(しんし)に。一点にも屈託のない心で。

  「我」という小さな自分を書き捨てる。だから、書は楽しい。
(盛岡市、書家)


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