盛岡タイムス Web News 2013年  6月  26日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉339 伊藤幸子 「生々流轉」


  夏服を着よトランプのジャック達
                   有馬朗人

 夏がくれば思い出す。そのたび声に出しながら、こたつの遊びの時期までジャックの装束は忘れてしまう。きょう、私はまたこの句を口ずさみ、トランプの4人のジャックたちを卓上に並べてみた。ウーン、たしかに冠をかぶり、金髪のカールも重々しく第一礼装の貴公子さん。スペードとハートの2人は横向き、クローバさんだけヒゲがなく、少し憂い顔に見える。サア、夏がきた。こんなハイネックの重装備は脱ぎ捨ててクールビズはいかが?

  これは元東大総長、理論物理学者で俳人の有馬朗人先生の第一句集「母国」の句。昭和46年刊、師山口青邨さんが序文を書かれ、「二兎を追ふほかなし酷寒の水を飲み」をひかれて「原子物理学というむずかしい学問と俳句の二兎を追い、母国を離れてしみじみ母国を思われたのであろう」と述べられる。

  去る5月25日、北上市にて「第28回詩歌文学館賞贈賞式」が行われ、俳句部門は有馬先生が受賞された。私は今年は行けず、受賞句集「流轉」を注文したいと申し出ると、すでに絶版とのこと。すぐ文学館にかけつけ、まる一日閲覧室で読み、書き写した。

  第一句集から40年余、「今年八十二歳になったが、まだ第九句集とは我ながらのんびりしている」とあとがきに記され「私は生々流轉という言葉が好きである。私の基本的な自然観であり人生観である」と述べ、国内外全く変わらない平常心で生活し、作句されるという。

  「母音よく響く五月や地中海」「浮いてこぬ者もありけり浮いてこい」「遙かなる十字架に裂け通草(あけび)の実」「ヨルダンの岸の焚火の濃かりけり」など、次々と書き写しながら興奮する。

  「漱石の鬱ロンドンの夜霧より」ここで私の連想は少しそれる。かつて「漱石幻想」を書かれた歌人阿部正路先生の「子規庵追想」に有馬先生が跋文を寄せられた。この本にご署名いただいた日のことと、お二方のご交情の深さを思うと、このたびの贈賞式に、すでに阿部先生のお姿の亡きことの生々流轉に胸がつまる。

  一歳違いの青春の日々、ともに文学と最先端の科学技術を研究されて、互いの著書を献本し合われる姿に打たれる。ふっと目を上げると、閲覧室の外の池にさざなみが立っていた。「山帽子苗にしてよく風呼べり」文学館のヤマボウシは今まっ盛り。また先生は「鳥も船も渡り行くもの皆白し」とも詠まれる。一巻読了、さあ白服の貴公子のもとに帰ろうか…。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします