盛岡タイムス Web News 2013年  6月  27日 (木)

       

■  〈風の筆〉7 沢村澄子 「肴町商店街(裏の裏)」


  5月24日。歩き出す盛岡駅前には、まさに初夏らしい爽やかな風が吹いていた。日差しもほどほど。半袖の人もちらほら。

  通りに沿って植えられたシャクナゲが、まさにピークと咲いている。そこへ、サラリーマンとおぼしきおじさんがふらふらっと近寄ったかと思うと、しゃがみこんでケイタイを取り出し、そのピンクの花を写真に撮った。そして何もなかったかのように、また開運橋の方へと歩いて行った。

  その光景が愛しくて、わたしは気分よく「ギャラリーおでって」までを歩いた。

  「おでって」から肴町商店街にも広がった書展を観に、友人も遠方から来てくれた。画家の彼は、書をするわれわれとはまた違った見解から感想を言ってくれる。

  あるお店に一緒に入った。そこの展示を見るのはわたしも初めてだったが、とっさに身内の作品であることも忘れて、「や、いい作品ですね。よかった」。お店の奥さんも「いいですよ。お客さんも喜んでくださって、ここにぴったり」と本当に喜んでくださっている様子。

  それを書いたYさんの静かな思いが紙面いっぱいに広がっていて、わたしはまた思わず「本当にいい作品」と繰り返し、奥さんもまた「いい作品です」。

  ところがそこへ画家が口を挟んだ。「いやぁ、いい作品ですよ。横の(お店の)ポスターが邪魔だ!」

  奥さんは一気に笑顔を失い、この優しい人に何て思いをさせるのか!と、わたしは血が逆流しそう。階下の歯科の先生に向かって「この男の奥歯といわず前歯といわず、舌までまとめて抜いちゃって!」と、叫んでお願いしたかった。

  ところが男はキョトンとしている。「芸大出てイタリア留学なさるような方はこれだから困る!」と怒られても、なぜ怒られているかが分からない。正直の上に馬と鹿をのせたこの友にとっては、画が全てなのである。

  「だからキライよ!」とわたしがプリプリしている横で、彼はニコニコ。

  わたしが好きなのは駅前のあのおじさんである。 

  あのおじさんはシャクナゲの横に停めてある自転車が邪魔だなんて言わない。後ろを砂ぼこりを上げて車が走っていても、ちゃんとその花の美しさを見つける。

  美はどこにあってもその本質を失うことはない。心素直な人は、いかなる時にも、おのずとその美しさに感応する。

  必ずしも壁や場が書のためにある必要はないとわたしは思う。書が人のためにあればよい。

  月も星も雲もシャクナゲも、それら、人のためにあるのではないけれど。
(盛岡市、書家)


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