盛岡タイムス Web News 2013年  8月  7日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉345 伊藤幸子 「近視眼鏡」


 弾丸(たま)がわれに集りありと知りしときひれ伏してかくる近視眼鏡を
                                               宮柊二

 宮柊二第二歌集「山西省」より。昭和14年8月に召集、18年10月の召集解除までの4年間の作品374首を収める。作者27歳から31歳までの、中国山西省で八路軍とよばれる中共軍を相手に戦ったすさまじい戦場詠である。

  ことし5月、コスモス短歌会選者の杜澤光一郎さんの評論集「宮柊二・人と作品」が出版され反響を呼んでいる。

  宮柊二は大正元年8月23日生まれで、昨年の誕生日が生誕百年であった。昭和61年12月11日に74歳で逝去、昨年は27回忌を数えた。

  昭和11年、浦和市(現さいたま市)生まれの杜澤さんは高校卒業の29年、「コスモス短歌会」入会、作歌活動も60年とのこと。第一部「作家論・作品論篇」から第二部「秀歌鑑賞篇・宮柊二の一〇〇首」まで429ページの大冊である。

  師弟関係の濃密な一門からの出版物というと、それなりの意識で見てしまいがちだが、この本にはそうした硬さは感じられず、私などは戦場詠や当時の社会情勢に見識不足の面を大いに勉強させられる。

  表題歌は「弾丸」にはルビがふってあり、「近視眼鏡」は杜澤説として「きんしがんきやう」となっている。歌意は「敵陣から撃ちだされる銃弾が自分ひとりに集中していることに気付いた。自分はとっさに地べたにひれふして軍服の胸のポケットから近眼鏡をとりだして無意識のうちに掛けた」ととれる。

  歌の表現法をいえば、初句六音とか「集りあり」等の不自然さは残るものの、兵隊服のポケットにあった近視眼鏡に、杜澤氏の思いが深まってゆく。のちに、昭和56年刊行の「宮柊二短歌集成」には、私も持っているが「きんしめがね」とルビが付されている。杜澤説では他の歌で「ありありと眼鏡(めがね)に映る岩の間に迫撃砲弾を運ぶ敵の兵」等があり、これはふつうのめがねではなく、望遠鏡か双眼鏡のことらしいとのこと。宮先生は掲出歌に対しては当然「きんしがんきょう」と読んでくれると思ってルビを付けられなかった。それをのちの編集者が「きんしめがね」としたらしい。

  そういえば今だって免許証書き替え時には「がんきょう使用じゃないですね」と聞かれる。私は生まれてこの方、眼鏡は使用したことがない。「たたかひの最中(さなか)静もる時ありて庭鳥啼(な)けりおそろしく寂し」激しい迫撃戦のさなか、おんどりが啼いた…。こんな静寂は、思うだにおそろしい。戦争は悪だ――。
(八幡平市、歌人)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします