盛岡タイムス Web News 2013年  8月  21日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉185 三浦勲夫 マイ・ウェイ


 小型のラジオ2個、小型のラジオ・レコーダー4個、中型のラジオ・レコーダー2個、大型のラジオ・レコーダー3個。自分が使ったラジオや語学用のラジオ録音機が古いものから新しいものまでそろっている。予約録音をして目いっぱい頑張ったこともある。しかし録音しただけで聞くこともなく、消去したことの方が多い。

  もったいないことだ。夏休みに入ってから、録音方法を思い出そうとして、何台かを手に取り、順番に録音しては聞いて、消去している。番組録音を供養してやっている感じだ。以前との違いは語学番組でなく、日本語の通常番組を録音して、再生し、消去する。例えばNHKラジオ第一放送「ラジオあさいちばん」の中の「きょうは何の日」が面白い。その日、その日の過去からの出来事が放送される。自分のこれまでの歩みや家族の歩みを世の中の大きな動きと対照する。懐古趣味かもしれないが、耳目を大きく開いて行う懐古趣味には価値がある。その中で、自分の小さな歩みが記されてきたわけだ。

  大概の国にはその国の建国の物語がある。建国に尽力した英雄や戦いの伝説が古くから詩の形で伝承されてきた。文学史では「英雄詩」(ヘロイック・ヴァース)という。北欧の「ベーオウルフ」やギリシャの「イリアッド」、「オデュッセイア」がよく知られる例である。それに対して後年、ささいな出来事を取り上げて、英雄詩もどきに大げさに仕立てる「疑似英雄詩体」(モック・ヘロイック)と呼ばれる作品もある。針小棒大な滑稽味を狙うものである。

  冒頭に書き出したラジオ番組の大小のレコーダーなどは、語学学習の目的やよし、しかし結果としては、消化不良を起こした不名誉な証言でもある。哀れな人間は大なる目標と小なる実績を前にして、「それならば」ということで、目標を小さく、実行可能にしようと軌道修正する。「お前は機械をそろえて多くの外国語を学んでみたが、長続きしなかった。英語一個を学ぶのにたまたま少しばかり成功したからといって、他の外国語も簡単に征服できるとは限らない。身の丈に応じて仕事せよ」というような声がする。

  そのようなことを考えていたら「マイ・ウェイ」という歌を思い出した。フランク・シナトラが歌い、のちにポール・アンカも歌った。年を取り、現役生活を退く人物が、過去の足取りを歌う。いつも成功したわけではない。失敗の記録もつづられた「マイ・ウェイ」である。その一節に「私は自分のできる以上のことをしようとしたとき、疑問を感じれば投げ捨てたし、飲み込んでも吐き出したものだ」とある。また「私の記録には敗北もあるが、自分のやり方を通してきた」ともある。それを聞くとこの歌にも人間らしい親しみやすさを感じる。この人物に「まだ引退せずに後進の指導に当たってください」と励ましたくなる。録音技術もさまざまに進化してきた。レコード、テープ、ソノシート、MD、CD│ROM、IC、メモリーカード。その変転について行くのがしんどい。でも音を上げたくない。速度は遅く、量は少なくとも、自分に合う速度と量で、時間をかけてついて行け。「モック・ヘロイック」かもしれないがそれが自分の「マイ・ウェイ」である。この歌との出合いは40代だった。子どもの中学卒業式で聴いたのが最初だった。
(岩手大学名誉教授)


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