盛岡タイムス Web News 2013年  8月  21日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉347 伊藤幸子 釣果ゼロ


 くろぐろと暮れはてにけるひとところ鯉の動かず水みゆるなり 
                              太田水穂

 お盆に帰着した孫につきあって、一日釣り堀に遊んだ。私にはあまり興味のある場所ではない。この炎天下、まして盆に殺生でもあるまいにと思いながらともをした。孫は5年生、ビクやタモを持ち、いろいろな小物を入れたウエストポーチをつけて、いでたちはなかなかだ。

  岩手山の裾野に、もともとあった堤(つつみ)らしいところに手を加えたものか、立地条件が良く車もいっぱい停まって大入りのようだ。孫は釣りざおを借りて、ぶどう虫30匹の餌を買い、喜んで釣り始めた。大小10カ所ぐらいの池に豊富な水が流れこみ、脇には柳やカシワの木が茂り、水面に緑の影を落としている。

  藻や水草の間を縫ってヒラヒラと魚影が見える。オヤ、向こうの男性のさおが力強く反応、バシャバシャと大きな魚が釣り上げられた。釣り人たちのじゃまにならぬよう岸辺にたたずみながら、ふと、魚の身になって考えてみた。

  「むかし、三井寺に興義といふ僧ありけり」この人は絵が巧みで、釣り人に銭を与えて釣った魚を絵に描いてはもとの川に戻してやっていた。そのうち自分でも川に入って大小の魚と遊ぶようになった。これを見た大魚が「御坊はかねて放生(ほうじょう)の功徳多し。かりに金鯉(きんり)の服を授けて水府の楽しみをせさせ給はむ。ただし、餌の香ばしきにくらまされて、釣の糸にかかり身を亡(ほろ)ぼすことなかれ」と言ったかと思うと、興義の身は「鱗(うろこ)金光を備へてひとつの鯉魚(りぎょ)と化しぬ」ああ、ついに魚になれた!と喜ぶ興義。

  どのくらい日時がたったやら「にはかにも飢ゑてものほしげなるに、たちまち文四が釣糸を垂るるにあふ。その餌、はなはだかんばし。我は仏の御弟子なり。されど今はたへがたし。つひに餌を飲む。文四すかさず糸を収めて我を捕ふ」かわいそうに興義の鯉は寺に運ばれ、まないたに乗せられ料理される寸前、目がさめた。

  興義は生き返り、すぐ文四の所に人をやって聞いてみると、まさに大魚を今、さしみにするところだった。実は興義は7日も前から危篤状態だったが、わずかに心の臓あたりが温かいので葬らずにいたら、にわかに息を吹き返したと一同恐懼(きょうく)したことだった。(雨月物語)

  さて、わが家の太公望はといえば、2時間近くも釣り糸を垂れていたが、本日の釣果はゼロ。「岩手の釣り堀は相性悪い」とぼやくことしきり。「きっと魚に変身した徳の高い坊さんが泳いでいて、きみの餌は遠慮して食べなかったんだよ」となぐさめるのに苦労した。
(八幡平市、歌人)


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